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 ちょうど3年前、ベトナムのハノイで日本企業の社長が技能実習生を面接する場に同席したことがある。ベトナムやカンボジアからの技能実習生が日本で話題になっていた頃のことだ。現地で集めた技能実習生を日本に派遣する「送り出し機関」に私が到着すると、ベトナムの若者たちが温かく迎えてくれた。

 部屋で待っていると、男性の候補者たちが入室してきた。彼らからすると人生が懸かっているので緊張が伝わってきた。自己紹介だけは日本語で、それ以降は通訳を通して面接が行われた。

 日本の工場で働くことになるかもしれない彼らに対して、私は「なぜ日本で働きたいか」を問うた。

「日本の技術を習得して帰国したい」
「ベトナムに戻ったら、何をしたいのですか」
「食堂です」

 そんなやり取りにずっこけもしたが、誰もが「一家を支えなければいけない」と語ってくれた。その真剣なまなざしが印象的だった。

(出所:moovstock/PIXTA)
(出所:moovstock/PIXTA)

 面接を進めるうちに、「ベトナムに帰ったら、自動車部品工場を建てたい。3年でお金をためて設備を買いたい」と抱負を述べる青年がいた。私が「何を買うのですか」と聞くと、「アマダのベンディングマシン」だという。私のパソコン(PC)を貸したら、中古機械の具体的な型式まで教えてくれた。

 メディアは当時、ベトナムから日本に来た技能実習生の人数や、ベトナムの経済成長率などを報じていた。その中で見逃せない問題として、技能実習生たちの日本における劣悪な労働環境が挙げられる。

 しかし、それでもなお、私はベトナムの若者たちの熱情や成長の息吹を感じた。私が見た若者たちの目には、かつての日本の高度経済成長期にあった夢や希望が映っているように思われた。

菅首相も重視したベトナム

 ベトナムの人口は2019年4月時点で約9621万人(政府国勢調査)。現在も微増傾向にあり、日本を抜くのは時間の問題だ。平均年齢は30.5歳で日本の46.4歳よりも15歳以上若い(15年時点、国際連合「世界人口推計2019年版」)。さらに、新型コロナウイルス禍でも経済のプラス成長が見込まれている。世界銀行の「世界経済見通し」20年6月版では、ベトナムの国内総生産(GDP)成長率について、20年は東アジア太平洋地域で最高の2.8%、21年は同地域で最高ではないものの高水準の6.8%と予測されている(21年の同地域の最高値は中国とマレーシアの6.9%)。

 菅義偉首相は初の外遊先にベトナムを選んだ。日本が共にインド太平洋地域を繁栄させていく仲間としてアピールしたのは象徴的だった。

 日本政府としては、政治的に反中国の側面もあるベトナムとの協調関係を見せつけて、中国を牽制(けんせい)する狙いもあっただろう。本稿の冒頭で私が述べた労働力確保の観点からもベトナムは重要国に位置付けられる。

 さらに付け加えると、新型コロナ禍で日本が経験した医療用物資不足への対応も念頭にあるはずだ。マスクをはじめ、中国依存が明るみに出たサプライチェーンを分散化するには周辺国の協力が重要だ。医療用物資に限らず、新型コロナ禍で得られた教訓は、サプライチェーンの分散化だった。

 新型コロナ感染症の発生源とみられるのが中国・武漢だったとしても、その地球の“裏側”にあるブラジルやメキシコの工場までもが止まり、世界のあちこちで物流が寸断された。さらに、米中貿易摩擦が激化し、関税の掛け合いが進んで、中国への輸出も先が見通せなくなった。医療用物資のような特定分野だけではなく、あらゆる分野でサプライチェーンの“プラスアルファ”を模索しなければならない。

ベトナムに巨額を投資するアップル

 中国・深圳(しんせん)に行くと、台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の工場の大きさに圧倒される。工場が1つの都市のように見える。一方で、その周辺には牧歌的な風景が続く。ここで米Apple(アップル)のスマートフォン「iPhone」などが生産され、世界各地に輸出されていると思うと、奇妙な気分に襲われた。

 新型コロナ感染症の流行に伴い、鴻海の工場も止めざるを得なかった。春節の後、作業者が集まらず、サプライヤーもなかなか稼働できなかった。地方政府からの稼働停止指導もあった。サプライチェーンは混乱し、アップルはiPhoneの販売の目標引き下げを余儀なくされた。

 そして20年11月末、アップルの要請で鴻海がベトナムに生産の一部を移管することが報じられた。両社は、否定も肯定もしていない。報道では、関係筋の話と断った上で、タブレット端末「iPad」やノートPC「MacBook」を生産移管の対象に挙げている。