米Tesla(テスラ)が全く信じられない発表をした。驚愕(きょうがく)したという意味であって、信頼できないという意味ではない。
テスラのIR資料*1を確認していると、2021年第2四半期の「株主デッキ(Shareholder Deck)」*2に目が留まる。現在、自動車各社ともに半導体不足で呻吟(しんぎん)しているが、テスラは「我々の開発チームは、半導体不足から引き起こされる製造の問題について対応するために、これまでにない取り組みを開始している。我々のエレキとファームウエアのチームは、19もの新たなコントローラーを用意し半導体不足に対応するために鋭意、設計や検証に取り組んでいる」というのだ*3。
*1 TESLAのIR資料 *2 2021年第2四半期のShareholder Deckこれには心から驚いた。というのも、コントローラーのモジュールは通常なら1つずつ設計すればいい。そのバリエーションを19(!)も加えるというのだ。なぜバリエーションを増やす必要があるのか。それは半導体の入手状況によって使い分けるためだ。
Aという半導体を使用するコントローラーしかない場合、その半導体Aが入手困難になってしまうと、コントローラーもそれを組み込むクルマも生産できなくなる。現実に世界中の自動車工場は半導体不足で止まっている。しかし半導体Bならば入手できるかもしれない。その半導体Bを使うコントローラーで同じ機能や性能を得られるならば、クルマの生産は止まらない。そのようなバリエーションを多く持てば、完全ではないにせよ、かなりのリスク軽減になる。
何というか、まあ、あまりに大胆不敵な方法だ。
調達品の納期遅延問題
数年前に筆者らの会社が、企業の調達品における納期遅延の原因を探るアンケートを実施した。その結果、ほとんどの理由は、発注側がリードタイムを守っていない点にあった。つまり、納期遅延問題の原因は発注側の生産管理などのデタラメさに求められる。
しかし、昨今の半導体不足は、リードタイムうんぬんの話ではなかった。PCや携帯機器、ゲーム機などをはじめとする世界的な需要の急増、新型コロナウイルス感染症の拡大による一部アジア工場での生産停止、中国各地の工場での停電問題。さらに、これから予想される年末商戦で、半導体はさらに取り合いになるだろう。
こう考えると、あまり半導体の入手に明るい話がない。もちろん半導体を販売する側からすればうれしい悲鳴かもしれない。しかし、調達する側からすれば嘆きの日々に他ならない。
各社とも半導体入手に頭を悩ましている状況だ。調達力という点では最強だったはずの自動車メーカー各社も、電機各社やゲーム各社も全世界的な減産を決めているが、これも半導体入手不足のせいだ。
納期遅延の事前防止策
ところで、サプライチェーンの世界にはマルチソースという言葉がある。複数社購買とも呼ばれる。簡単にいえば、1社からだけではなく、別の1社か2社からも調達できるようにしましょう、というものだ。
ただし、これは言うのは易く、実行するのは難しい。いくつかの理由がある。まず、原材料のようなものであっても、完全に同じスペックのものが存在しないケースがある。部材であれば、似たような部材は調達できても、あくまで「似たような」であって完全なマルチソースを実現するのは難しい。
また、完全に同じようなものがあっても(規格品や電子・電気部品など)、実際にはどのパーツを使うか客先からの認証によって決まっていて、簡単には代替できない現実がある。代替できても、複数部材の代替品全部に動作試験や品質保証試験などを実施するのが難しいケースが多々ある。
当原稿は、サプライチェーン関係者も、設計・開発関係者も読んでいると思う。例えば、「あるサプライヤーからの部材Aが入手困難になる可能性がある。そこで、部材Bか部材Cでも代替できるように、あらかじめ検証してほしい」と言われたらどうだろうか。筆者の経験では、ほとんど検証されることはない。なぜなら、開発も設計も品質テストもギリギリの状況で行われており、代替部材をも視野に入れて検証するだけの余裕がないためだ。
筆者が勤務した企業や、あるいはコンサルティングを行った企業での経験だけで日本の全てを把握しているとはいえないが、おそらくどこも似たりよったりだと思う。だから、マルチソース、あるいは複数社購買といっても、緊急時の代替調達はほとんどできていない状況にある。