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写真は本文と特に関係ありません(出所:123RF)
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あなたの身近に餓死者はいますか?

 「自分一人が幸せになるのと、自分以外の周りの人たちが幸せになるのと、どっちがいい?」。

 こんな質問を受けたことがある。この手の質問は、あれかこれかの不毛な二者択一にすぎない。しかし、大人たちにこの質問をしてみると、なかなか「自分一人だけが幸せになればいい」と答えにくいからか、「そうですねえ、周りの人たち“も”幸せになったほうがいいかなあ」と口を濁すのがせいぜいだ。

 ところで、この質問を筆者の小学生の息子に紹介したとき、「その『周りの人』って誰?」と返ってきた。これはなかなか面白い逆質問だと筆者は思う。なぜなら、「周りの人=家族や友達」なのか「周りの人=全く見知らぬ人」なのかで答えは異なるからだ。

 なぜこんな話をしたかというと、SDGs(持続可能な開発目標)につながると考えたからだ。SDGsでは貧困撲滅や人権蹂躙(じゅうりん)撲滅をテーマとする。そのとき、抑圧されている人たちを“身近”に感じられるか。これは人びとがSDGsに本気になるかどうかに影響を及ぼすように、筆者には感じられる。

 例えば、脱炭素に欧米が本気になっているのは、筆者が感じるところ、異常気象による熱波などで実際に被害を受けているからではないだろうか。日本でも、九州では台風による被害を受けている。そのように地球温暖化の影響を身近に感じるかどうかで捉え方が異なる。

 話を貧困や人権に戻す。日本、特に日本企業はSDGsに本気ではないといわれる。実際に企業人とSDGsについて話しても「はいはい。世の中のお題目だから、やっている姿勢をアピールしなきゃね」という本音が透けて見えるケースがある。日本にも相対的貧困や人身売買の問題が存在すると筆者も知っている。ただ、身近に餓死者が生じる状況にはない。さらに、人権抑圧を特に感じられる瞬間もないだろう。

 貧困撲滅や人権蹂躙撲滅を“身近”に感じられない状況。これが日本企業を本気にさせない理由だろうと、筆者は思う。

ガイドラインは示されているが

 日本の行政も無策ではない。萩生田(はぎうだ)光一経済産業相は先日、人権順守を目的として、企業のサプライチェーンのガイドラインを策定する方針を示した。2022年夏くらいまでに指針を出す。これは企業のサプライチェーン上に、人権が蹂躙されている可能性がないかを確認し、場合によっては改善するための指針とみられる。

 日本で自社が雇用している労働者には問題がないかもしれない。ただ、サプライチェーンは全世界に広がっている。日本は大丈夫でも、海外の取引先に人権が蹂躙されている地域があるかもしれない。それならば、人権蹂躙地域を利用して自社の利益を上げていることになる。

 とはいえ、人権順守のためのサプライチェーンといっても何をやっていいかが分からない。こんな本音を持つ企業、特に中小企業は多いだろう。通常、自社のことで精いっぱいで、自社が人権を蹂躙している事実があるならともかく、取引先が何をやっているかまでは関知しない/できない場合が多い。また、身近に人権蹂躙の被害者がいないから想像もできない。

 この点について、例えば日本取引所グループが出した有名な「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」がある。あくまでこれはタイトル通り上場会社に向けたものだが、それ以外にも通ずるので引用してみよう。

[原則6] サプライチェーンを展望した責任感

 業務委託先や仕入先・販売先などで問題が発生した場合においても、サプライチェーンにおける当事者としての役割を意識し、それに見合った責務を果たすよう努める。

 業務の委託者が受託者を監督する責任を負うことを認識し、必要に応じて、受託者の業務状況を適切にモニタリングすることは重要である。

 契約上の責任範囲のみにとらわれず、平時からサプライチェーンの全体像と自社の位置・役割を意識しておくことは、有事における顧客をはじめとするステークホルダーへの的確な説明責任を履行する際などに、迅速かつ適切な対応を可能とさせる。

* 日本取引所自主規制法人:「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」の策定について