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米国テック企業は人権ポリシーの順守を厳格に求めてくるのだが…。 (写真:123RF)
米国テック企業は人権ポリシーの順守を厳格に求めてくるのだが…。 (写真:123RF)
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 先日、面白い報道があった。米Apple(アップル)として米国内で初めての労働組合ができたという。アップルでは労組の成立を受けて、従業員の時給が上昇する見込みだ。米国ではAmazon.com(アマゾン・ドット・コム)の物流施設で労働組合の結成が報じられたばかりだ。さらに以前にはGoogle(グーグル)と持株会社Alphabet(アルファベット)の労働組合も誕生した。

 背景としていえるのは、米国で進行するインフレーションが日本とは比べものにならないほどのペースであるという事実だ。労働者たちが自分たちの労働対価を上昇させようと連帯するのは当然の動きかもしれない。

 しかし、一連の報道で日本の企業関係者が改めて認識したのは、労働組合ができたことよりも、あれだけの米国巨大テック企業に「労働組合がなかった」ことである。

米国テック企業での労働組合の成立

 というのも、米国のテック企業は日本企業に限らず国内外の企業と取引をする際に、人権ポリシーの順守をかなり求めてくる。それも範囲が広い。自社と契約を結ぶのであれば、その取引先で働く労働者に優しくするだけではなく、その下請けや孫請けの労働者にも同様の人権配慮が必要、などと迫ってくる。

 固有名詞は控えるが、米国の某社は取引先に対して「人種、肌の色、宗教、婚姻状況、年齢、出身国、祖先、身体あるいは精神障害、医療状態、妊娠、遺伝情報、性的嗜好などで差別されるべきではない」としている。この米国某社自身がポリシーを守るだけではなく、取引先も、さらに先の取引先もこのポリシーを徹底すれば全世界がクリーンになる。そうすれば理想的な社会が実現する。この米国企業の思想は崇高ですがすがしいといえる。

 しかし、それほど言うのであれば自社自身についての労働組合の結成や集会・結社の自由も、同じく労働者の自由・権利ではないだろうか。筆者は中小企業の経営者とも付き合いがあり、労働組合の存在は、経営者にとってはそれほど歓迎したくないものであると承知している。中国が社会主義であるにもかかわらず従業員の結社の自由や労働者の基本的な権利が認められていないのはご愛嬌(あいきょう)としても、米国企業があれだけ人権尊重を叫ぶのであれば、労働組合がなかったこと自体が不可解でさえある。

 米国有名テック企業での労働組合の成立は、逆説的にいえば、これまで労働組合が存在しなかった事実に光が当たることであり、世界がまだ道半ばだと教えてくれる出来事である。

企業はサプライチェーンの人権をどこまで順守すべきか

 前節で書いたのは、現実と建前の間で揺れる米国企業のありようだった。やや皮肉めいて書いたものの、米国企業に重大な人権蹂躙(じゅうりん)があると言いたいわけではない。むしろかなりまとも、と筆者は思う。かつてのパワハラも、セクハラも、ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)も米国が問題意識の発生源であり、それらが行き過ぎた側面も含めて人権先進国であるのは間違いない。

 ただ、その米国であっても人権意識をめぐって、前述のように揺れが生じているように見えるのだ。建前では世界は人権尊重に動いている。「しかし、実際のところはどこまで人権ポリシーを順守すればいいだろうか」と疑問を抱く企業関係者が生じるのは当然だろう。特に当事者であるサプライチェーン関連の従業者はそう思うに違いない。

 人権とは国家が国民に保証するものであり、もともと私人同士の行為で侵害や保護の対象となる概念ではない。ただ現在では意味が拡大し、私人同士の間や企業同士の間でも人権を侵害し得る、というのが一般的な解釈となっている。

 サプライチェーンの全域で働く人たちを隅々まで守れと誰もが言う。企業の経済活動によって多くの人たちの経済状態や生活が左右される社会であり、強制労働や児童労働を防がねばならない。さらに、日本企業も事あるたびに人権尊重を公言している。

 しかし、繰り返すがこの「人権を守る」とは、何をどこまで実行すればよいのだろう。自社の従業員を守るのは自明のこととして、取引先の従業員が働く労働環境についても、前述の某米国企業のように調査したり管理したりすべきか。調査するといってもアンケートやヒアリングで済ませていいのか。または本腰を入れて監査すべきか。

 このような質問を誰にしても答えは決まっている。「そうですねえ。手段はどうであれ、実質的に取引先を含めた労働者の人権を守らねばなりませんね」。質問と答えが見事に循環している。サプライチェーン側からすると、どこまで調査すれば人権状況を把握できるか、把握したといっていいか、その現実的な回答を求めているのだ。