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 テレビの情報番組、あるいはYouTubeでもいい。人は、芸能人らのスキャンダル、企業の不祥事、社会の不正義……を消費しながら、あれやこれやと意見をいう。それは、対象となった人物や団体の批判や中傷かもしれない。

 他人のことを好き勝手に述べるとき、ある種の「やましさ」がつきまとう。少なくとも筆者はそうだ。その「やましさ」は自分への問いからやってきている。「そんなこと言っているお前は、それほどの人間なのか」「他人を断罪できるほど高貴な人物なのかね」といった自問である。少なくとも、メディアで発信するならば、その程度の自制と自省を持つべきだと筆者は思う。

自分自身に返ってこないか(写真:123RF)
自分自身に返ってこないか(写真:123RF)
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コンプライアンス宣言バンザイ

 先日、某社のコンプライアンス宣言を見せてもらう機会があった。コンプライアンスの順守は、SDGs(持続可能な開発目標)やらESG(環境・社会・ガバナンス)やらが叫ばれる前から盛んに言われていた。いまは、コンプライアンスをサプライヤーにも求める動きが広がっている。特に労働面で、超過時間分の賃金未払いを防いだり、人権蹂躙(じゅうりん)を防いだりするのが目的だ。これらは第一義的にサプライヤーの問題であっても、自社の風評にも影響するからだ。

 労働問題を適正化しようとする動きは、米国のNGOが策定した「SA8000」*1規格が有名だ。これは児童労働、強制労働などを禁じるとともに、同様の縛りをサプライヤーにも要求しなければならない。SA8000が起点になって、自社から取引先、さらにその取引先の取引先……と適正化の動きがつながっていけば、理屈上はいずれ全労働者が保護されることになる。

*1 Social Accountability International「SA8000」

 さて、前記某社の話に戻る。サプライヤーに向けたコンプライアンス宣言には「労働者の人権順守」「強制労働をなくし、結社の自由を認める」といった大意が書かれていた。筆者は読んでいて不思議な気持ちになった。

 その宣言を出している企業自体には労働組合がない。労働組合の設立機運はあったものの事実上の妨害工作で成立に至っていないと聞いている。さらにその企業は、サプライヤーで働いている技能実習生について、強制労働にあたる可能性が高いのを知っている。知っていて積極的に止めようとしない。

 冒頭の話に戻れば、何かを他者に発するとき、その内容は自己にも降りかかる。もしかすると、振り抜いた刃は、自らにも突き刺さるかもしれない。他者、他社を律するとは、自らを律することに他ならない。

Amazonのサプライヤー対応

 本格的なコンプライアンスの着手に乗り出した企業の例として米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)を挙げたい。同社は前述のSA8000などによるサプライヤー評価を実施している。同社は自社のプライベートブランドを持っており、生産を外部のサプライヤーに依存している。