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(写真:123RF)
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孫正義氏とサウジアラビア皇太子

 「新たなメッカを作りたい!」

 宗教文化的な視点で見ると、極めて興味深い瞬間だった。

 時は2017年のサウジアラビア。同国は「脱原油」の将来を見据え、投資家から出資を募るための大規模なカンファレンスを開催していた。これからは新たなテクノロジー産業を育成し、原油一本足打法の状態から脱するのだ、という意図がありありと見えた。脱原油の時代とは、アラブ諸国にとって「脱原油依存」の時代でもある。

 その未来志向の投資会議ではサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が自らプレゼンテーションのため登壇した。皇太子はまず「Blackberry」の携帯端末を聴衆に見せた。その次にスマートフォンの「iPhone」を出した。サウジアラビアが、これくらい変わる、と説明するためだ。それから次々と語られる将来ビジョン。

 パネリストとして日本から参加していた孫正義氏が満面の笑みで語ったのが冒頭の発言だ。ムハンマド皇太子は笑顔を保ちつつも、急いで孫氏の発言を取り消した。「いやいや、メッカは1つしかないよ」と、あくまで孫氏の発言は象徴的で比喩の意味であって、実際にメッカが2つあるわけではないと聴衆に説明した。このシーンはかなりの見ものだった。

 ムハンマド皇太子が焦って火消しに走るさまが、逆説的に動揺を感じさせた。このシーンは動画でも残っているので興味がある方は検索してほしい。

 イスラム教ではメッカが聖地である。預言者が誕生した土地であり宗教発祥の地でもある。その聖なる場所が2つあってよいはずはない――ので筆者は動悸(どうき)を覚えながらその後の壇上を見ていた。しかしこの一幕は、日本メディアではほとんど報じられなかった。

 そして筆者には、この皇太子の発言はどうも中東の苦悩を間接的に表現しているように思われた。中東は変わらなければならない、ただ、宗教上の事情もあり、たやすく変われるわけではない、という苦悩だ。

* 日本経済新聞グループの用語ガイドラインでは「『メッカ』はイスラム教の聖地。『……のメッカ』など、比喩には使わない」としています。(日経クロステック編集部)