ある男性が講演するビデオに筆者は心を奪われていた。というのも、壇上の男性は最初から最後まで怒り続けていたからだ。この怒りの源泉はどこから来るのだろうかーー、という疑問を挟む余裕もなく、怒りは次の怒りに転化していた。
氏の講義を聞いていたのは社長連中で、内容は企業戦略や商品戦略を中心とするものだった。
ビデオを見たのは10年以上前のことだったが、その時点で既に氏は鬼籍の人になっていた。それでも筆者は大変な衝撃を受けた。印象があまりに強く、その後筆者は氏が残した著作や動画を貪るようにかき集めたほどだ。動画や著作からほとばしる、氏のあまりのエネルギーに心揺さぶられた。
戦略とは値上げのことである
氏の名前は、一倉定(いちくらさだむ)。
もともとは原価計算から業界に入った人で、やがて社長に対するコンサルタントとして日本で最も高名になった。
一倉さんの名言は無数にある。その中で、筆者の印象に最も残っている名言は
だ。ときとして名言は、たった少しの単語で全てをえぐりとる。この名言を聴いたとき、筆者はうなだれた。「戦略とは値上げのことである」。これ以上の要約は可能だろうか。
もっとも、これは営業側から見た戦略である。そして氏にとって、営業とは社長業に他ならなかった。代理店を通じて自社商品を安価販売するのはたやすい。しかし価格は自社がコントロールしなければ、さまざまな問題に対しての根源的な解決策にはならない。商品の価格を上げた場合、もしかすると拒絶する顧客もいるかもしれないが、それでも多くの顧客から商品を求められる経営を目指す。考えれば当然で、幼稚園児にも分かるほどかみ砕いた至言を氏は繰り返していた。
ところでーー、と筆者は思う。
このところはCPI(消費者物価指数)が数%は上昇傾向にあるとはいえ、ずっと大幅な値上げができないでいる令和の日本企業を見て、氏はどう思うだろうか、と。
* 一倉定「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも社長の責任だ」(日経ビジネス電子版)