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 日本にはものづくりが必要だ。人はコストではなく、改善の源。雇用や国内のものづくりを犠牲にした「V」字回復は許されない──。トヨタ自動車(以下、トヨタ)社長の豊田章男氏が、2020年5月12日の2020年3月期連結決算の席で熱いスピーチを行った。

 トヨタは経営環境が厳しい中でも、これまで通り「国内生産300万台」を維持し、日本の自動車産業の要素技術と技能を持った人材を守る。一方で、いわゆる「クビ切り」による企業の業績の「V」字形回復方法を批判した。スピーチの詳細は以下の通り。

トヨタ社長の豊田章男氏
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トヨタ社長の豊田章男氏
(出所:日経クロステック)

日本にはものづくりが必要だ

 (ここからは)トヨタが長年にわたってこだわり、やり続けてきたことを話します。それは、「国内生産300万台体制」を死守することです。これは、日本だけの話をしているわけではありません。これまで日本が「マザー工場」となってトヨタのグローバル生産を支えてきました。国内生産体制はグローバルトヨタの基盤であるといえます。

 この「国内生産体制」は、成り行きであるものでも、当たり前にあるものでもありません。これまでどれだけ経営環境が厳しくなっても、「日本にはものづくりが必要であり、グローバル生産をけん引するために競争力を磨く現場が必要だ」という信念の下、石にかじりついて守り抜いてきたものです。トヨタだけを守るのではなく、そこに連なる膨大なサプライチェーンとそこで働く人たちの雇用、日本の自動車産業の要素技術、それを支える技能を持った人材を守り抜くことでもあったと考えています。

 今回の新型コロナウイルスの危機に際し、世界中の国々が必要なときに必要なものが手に入らないという事態に直面しました。ある人がこの事態を「マスク現象」と表現していました。振り返ると、マスクのほとんどを国内で調達できなくなっていたということだそうです。「より良いものをより安く作る」。これはものづくりの基本です。しかし、作ることだけを追求してしまうと、こうした現象が起こるのではないでしょうか。

「国内300万台」はトヨタのものづくりの基盤
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「国内300万台」はトヨタのものづくりの基盤
(出所:トヨタ)

人材を守り抜く、この信念に一点の曇りもなし

 ものづくりには、もう1つの大切な基本があります。それは、「ものづくりは人づくり」ということです。人はコストではありません。人は改善の源であり、ものづくりを成長・発展させる原動力です。

 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中で、多くのものづくり企業が医療用フェースシールドやガウン、マスクなどの生産に乗り出しました。私たちも米国ですぐに3Dプリンターを使って医療用のフェースシールドを作り、日本や欧州などグローバルに展開してきました。また、人工呼吸器のように自分たちでは作れないものについても、トヨタ生産方式(TPS)を活用した生産性向上支援に取り組んでいます。

 こうしたことができるのは、国内生産300万台体制にこだわり、日本にものづくりを残してきたからだと思っています。私たちが石にかじりついて守り続けてきたものは、300万台という台数ではありません。守り続けてきたものは、世の中が困ったときに必要なものを作ることができる、そんな技術と技能を習得した人材です。

 こうした人材が働き、育つことができる場所を、この日本という国で守り続けてきたと自負しています。コロナ危機に直面した今でも、この信念に一点の曇りも揺らぎもありません。

 ただ、皆さんに理解してほしいことがあります。それは、守り続けること、やり続けることは決して簡単なことではない、ということです。今の世の中、V字回復ということがもてはやされる傾向があるような気がしています。雇用を犠牲にし、国内でのものづくりを犠牲にして、いろいろなことをやめることによって個社の業績を回復させる──。それが批判されるのではなく、むしろ評価されることが往々にしてあるような気がしてなりません。私は、それは違うと思います。

 企業規模の大小に関係なく、どんなに苦しいときでも、いや、苦しいときこそ、歯をくいしばって技術と技能を有した人材を守り抜いてきた企業が日本にはたくさんあると思います。そういう企業を応援できる社会が今こそ必要だと思います。ぜひ、ものづくりで日本を、日本経済を支えてきた企業を、応援していただきますようお願いします。