全3275文字

 新型コロナウイルスのまん延によってテレワークが推進され、自宅で仕事を行うようになった。それに伴い「印鑑不要論」がSNSを中心に話題を集めている。

 きっかけの1つは、自治体や国から通勤の自粛要請が出ている中、出勤している人にテレビ局のリポーターが出勤理由を聞くと「印鑑を押す業務があるので出社しています」と回答した様子がニュースで流れたことだった。

 結果として、「印鑑」という昔からある古いイメージのものが、非常時においても臨機応変に対応できないものの象徴となってしまった。そのため、「古い考え方から脱却できない日本の企業は、いつまで印鑑を使い続けるのか」という印鑑不要論に発展している。

 私も企業が印鑑を使い続けることに関しては、業務をスマート化する点において問題があると考えている。こうした業務のあり方は今すぐに変えるべきである。一方で、ただ「印鑑が古い、だから不要だ」と言うだけの議論には発展性がなく論理的ではない。

 そもそも、印鑑を押すために出社することが悪なのであれば、遠隔から印鑑を押すことができるロボットを作ってそれを使えば解決する(実際にそういったロボットが存在する)。この印鑑不要論が不毛だという理由はそこにある。

印鑑を押すロボット
印鑑を押すロボット
デンソーウェーブの小型協働ロボット「COBOTTA」を使っている。(写真:加藤 康)
[画像のクリックで拡大表示]

 なぜ印鑑が不要なのか、それに代わる電子署名は本当に印鑑の代わりとなるのか、なぜ今まで電子署名という仕組みが日本で普及してこなかったのか。そこを論じなければ、また結局、新型コロナ騒動が収束すると同時に日本は印鑑社会に戻るだろう。よって、「アフターコロナ」を見据えて業務をスマート化するために、印鑑と電子証明をテーマに、これから行うべき変革について企業はどう考えるべきか、ここに記載しておきたい。

そもそも、なぜ印鑑を使い続けるのか?

 印鑑を利用する企業には2種類あると思う。1つは今までの慣例なのでそのまま何となく使っている企業。もう1つは印鑑を押印した書類でないと法律で認められないと誤解している企業だ。

 そもそも、印鑑というのは本来その人が確かに同意や申請を行ったという証明に使うものだ。しかしながら、一般的な三文判は偽造されやすく証明としての機能はない。最近では印影だけでもコンピューターで複製されてしまう恐れがある。よって、偽造されにくい実印が必要となる。

 そう考えると、一般の管理職が印鑑を使わなければならない状況はそれほどないはずであり、押印のために出社しなければならないのは一部の人間だけで済むだろう。

 実印の使い道は大きく分けて2つある。1つは官公庁への申請や登録に利用するもので、これは法律によって定められている。印鑑および印鑑証明が必要になるのは仕方がない。

 もう1つは企業が契約時に使用するもので、実はこれに関しては多くの人が勘違いをしている。

 まず、民事訴訟法第228条第4項*1に以下のような記述がある。

 「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と。つまり、署名でも契約は成立すると解釈できる。

*1 民事訴訟法 https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=408AC0000000109。

 民事訴訟法の第231条に以下のような記述がある*2

 「この節の規定は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて準用する」。

 この条項は、書証つまり裁判で争う際に事実を証明するものとして提示するものだが、その証拠として書類以外のものも準文書として認めるという解釈ができる*3

*2 民事訴訟法 https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=408AC0000000109。

*3 あくまでも一般論としての筆者の個人的解釈であり、免責事項として上記の解釈に関する記載は、個別の案件に関してなんらかの保証を行っているものではなく責任は負わないこととする。

 ここに関しては、電子署名に関する記載が明記されていないために、多くの人が「印鑑による押印がある発注書などではないと、証拠にはならない」という誤解をしている。まずは、その誤解を解く必要があるだろう。

 そもそも、民事に関しては電子メールですら証拠となり、そういった過去の判例もある。よって、印鑑の押印がないと必ずしも契約が成立しないわけでもないし、メールで気軽に返事をしても契約になることもある。

 実は、日本には既に電子署名に関する法律である「電子署名法」がある*4

*4 電子署名及び認証業務に関する法律 https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=412AC0000000102。

 しかしながら、この法律は電子署名の定義にとどまっており、その効力などについては明記されていない。それ故に、専門家でも電子署名の効力に関しては意見の分かれるところである。

 既にエストニアなどの国々は法改正により、電子署名の扱いや法的効力について分かりやすく、企業が安心して電子署名を契約などで使える環境を整備している。日本もこうした動きに合わせ、法律の書き方などをテクノロジーの進化に合わせて、より分かりやすく変更すべきである。それなくして、政府が目指すスマートシティーの実現はあり得ない。つまり、印鑑社会からの脱却は、法律の変更とセットでなければならないのだ。