「2050年ごろには標準規格の境界がなくなり、標準化がなくても通信が勝手につながる世界が来るかもしれない」――。
このように語るのは、国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)の電気通信標準化局長の候補として日本政府が擁立する、NTT CSSO (Chief Standardization Strategy Officer)の尾上誠蔵氏だ。
尾上氏は、NTTドコモの元最高技術責任者(CTO)であり、LTEのコンセプトをいち早くつくり上げたことで、世界的に「LTEの父」として知られる人物だ。その尾上氏が候補となるITUの電気通信標準化局長のポジションは、6Gの国際標準化はもちろん、電気通信分野のあらゆる国際標準をまとめる重責を担う。
尾上氏の冒頭の発言は、通信の国際標準化の総本山を目指す立場と相反し、将来的に標準化がいらなくなってしまうようにも聞こえる。一体どういうことか。
筆者のインタビューに対して尾上氏は、「ITUの電気通信標準化局長候補として、標準化がいらなくなると言っているわけではない。将来の技術変化に向けて、標準化の仕組みも新たに考えていく必要があるということだ」と語る。
例えばNTTグループが一丸となって推進する次世代情報通信基盤「IOWN」構想のような技術が実現する将来を考えてみよう。IOWN構想は、光技術を使って超低消費電力の情報通信基盤をつくることを目指している。このような基盤を実現した場合、「複雑なソフトウエア処理をしても、ほとんど消費電力が増えなくなる」と尾上氏は語る。
そうなると、通信したい相手同士がソフトウエア処理によってネゴシエーションし、あらかじめ決められた標準規格を用いるのではなく、「場合によってはソフトウエアをダウンロードするなどして、相手同士が勝手につながるような世界ができる」(尾上氏)。
これまでこうした複雑なソフトウエア処理は、高い負荷がかかるため現実的ではなかった。だがIOWNのような超低消費電力を実現する基盤が世界的に広がることで、前提が覆される可能性がある。
尾上氏は、「通信が勝手につながるような世界が、理想の世界かどうかも議論する必要がある」と続ける。人が関与せずに勝手に通信がつながるようになると、場合によっては利用者が不安を抱きかねないからだ。「どこまで人が関与してコントロールするべきか。標準化の枠組みをどうするべきかという大議論になるだろう」と指摘する。