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 2022年は相次ぐ通信障害が社会的問題化した。KDDIが2022年7月に起こした大規模通信障害以降も、通信障害が繰り返されている。その根底には、現在のモバイル網が従来の電話の仕組みを引きずり、スケールしづらいという本質的な課題が横たわっている。そんな課題を解消しようと果敢に挑んでいるのがソフトバンクだ。東京大学と共同で、障害に強い新たな5Gコアネットワーク(5GC)のアーキテクチャー「ステートレス5GC」の研究を進めている。将来のモバイル網の救世主になるか。

†2022年12月、ソフトバンクと東京大学は電子情報通信学会において、今回の取り組みについて概念実装し動作確認したと発表した。講演論文は「プロシージャ型処理を用いたステートレスな5Gコアネットワークの実現」である。

「ステートフル」な現在のモバイル網

 「Webシステムの場合、1秒間に1億クエリーを超えるようなSQLトランザクションを処理できるのに、モバイル網の場合、なぜ数千万単位の端末を扱う規模でスケールが難しくなるのか」

 このような疑問を呈するのは、ソフトバンク先端技術研究所先端NW研究室室長代行の堀場勝広氏だ。

 堀場氏の言葉通り、昨今頻発する大規模なモバイル網の通信障害は、ささいなミスをきっかけに、制御信号が雪だるま式に増加し、障害が大規模化するケースが目立つ。2022年7月に発生したKDDIの大規模通信障害も、コアルーターのメンテナンス作業のわずかなミスからコアネットワークのノードが次々とアクセス過多となり、復旧まで約60時間という時間を要した。

 モバイル網のコアネットワークは、数千万規模の端末を常時接続している。一度コアネットワークに障害が生じると、影響が大規模・長期化する傾向にある。だがWebシステムの場合、大規模なEC(電子商取引)サイトなどはモバイル網の数倍である1億規模のクエリーを難なく処理している。Webシステムと比べると、モバイル網のもろさが際立つ。

 「モバイル網は、ステートフルな方式なシステムであるためスケールしづらい。Webシステムのようにステートレス化することで、スケールするようになるのではないか」。ソフトバンク先端技術研究所先端NW研究室の渡邊大記氏は、このように指摘する。

 「ステートフル」とは、システムが状態(ステート)を保持し、その内容を反映しながら処理するような方式を示す。モバイル網の場合、ステートに相当するのは端末の位置情報などだ。モバイル網では、コアネットワーク内の「NF(Network Function)」と呼ばれるノード群が端末のステートを保持し、その内容に基づいて処理している。

現在の3GPP標準アーキテクチャーに基づいたコアネットワークの課題
現在の3GPP標準アーキテクチャーに基づいたコアネットワークの課題
複数のNFが端末の状態を分散保持するため、整合性を維持するための処理が発生する。1つのNFが多数の端末を収容することで障害が起きた場合の影響範囲が大きくなる(出所:ソフトバンク)
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 モバイル網でやっかいなのは、端末を収容するNFの責任範囲が広く、さらに複数のNFがステートを分散保持している点である。

 例えばコアネットワーク内で端末をモビリティー管理する「AMF(Access and Mobility management Function)」と呼ぶNFの動作を見てみよう。AMFは配下の基地局と常時接続され、数万規模の端末を収容する。何らかの理由でAMFが落ちた場合、数万規模の端末がすべて影響を受けてしまう。モバイル網のアーキテクチャーでは、コアネットワークの機能ごとにNFを定義する。そのため、NFごとの責任範囲がどうしても広くなってしまうのだ。こうした事情からモバイル網では、コアネットワークに含まれるNFに障害が発生した場合、影響を局所的に抑え込むのが難しく、障害が大規模化しやすい傾向にある。

 加えてモバイル網は、特定のNFだけが端末のステートを保持するのではなく、複数のNFがステートを分散保持するという仕組みである。分散保持されたステートの整合性を維持するために、NF間で多数の制御信号がやり取りされる。

 このような仕組みであるからこそ、ささいなミスが大規模障害につながりやすい。あるNFが不具合を起こした場合、その他のNFがステートの整合性を保持するために問い合わせ信号を出し、返事が来ないとさらに問い合わせを繰り返す。こうして雪だるま式に制御信号が増えていく。

 このようなモバイル網に対し、Webシステムは、システムが現在の状態を保持しないステートレスな方式で動作する。システム側のサーバーは、端末に相当するクライアントのステートを保持しない。ステートは処理のたびにサーバー側に送られ、その結果を返すというシンプルな仕組みだ。サーバー間でステートの整合性を取るような複雑な処理も発生しない。そのため、膨大なトランザクションでも処理が破綻することはない。

 だとすれば、モバイル網をWebシステムのようにステートレス化すれば、障害に強く、スケールする仕組みに作り替えることができるのではないか。これがソフトバンクらの今回の取り組みの出発点である。

コアネットワークを手続き(プロシージャー)ごとに分割

 モバイル網を具体的にステートレス化するためにはどうすればよいのか。

 ソフトバンクらが提案するのは、コアネットワークの代わりとして、外部のデータベースに端末のステートを集約する形である。必要なときにコアネットワークが、データベースに端末のステートを確認する。Webシステムのバックエンドによく似た形態だ。

ソフトバンクらが提案する新たなコアネットワークのアーキテクチャー
ソフトバンクらが提案する新たなコアネットワークのアーキテクチャー
コアネットワークをステートレス化するほか、端末のリクエストによって手続き(プロシージャー)ごとに細分化する形にする(出所:ソフトバンク)
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