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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み

開発・設計部門で新製品開発チームをまとめています。新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の影響で在宅勤務が基本となり、出勤するのはせいぜい1週間に2日程度となっています。最近心配しているのが、部下との人間関係です。直接顔を合わせて話す機会が極端に減っているので、部下からどう思われているか、信頼関係は保てるのかと気になっています。何かヒントがあれば教えてほしいです。

編集部:新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が出された2020年4月以降、多くの日本企業が在宅勤務を続けています。現場でもの(ハードウエア)を扱う機会が多い自動車業界でも、8割以上が在宅を中心にテレワークを実施しており、既にニューノーマル(新常態)の働き方として定着した感があります。一方で、課題も出てきており、中でも上司と部下との間の信頼関係について不安を覚える人が多いようです。

肌附氏—管理者が心配する気持ちはよく分かります。しかし、部下の方がもっと大きな不安を抱えていることに、部下を導く管理者としては気付くべきでしょう。新型コロナの先行きはいまだにはっきりとは見えていません。もしもこれから第二波、第三波が来るようなことがあれば、自分は将来どうなってしまうのだろうという不安を覚えながら、部下は在宅で仕事しているのです。

 不安な気持ちを心に抱えたまま、仕事に集中するのは難しい。その状態を放置したままでは良い仕事、良いものづくりはできないと言っても言い過ぎではありません。

章男社長が黒字予想を打ち出した理由

編集部:どうしたらよいでしょうか。

肌附氏—良いものづくりを遂行するために必要な条件は、コロナ禍でも変わりません。すなわち、管理者が目指すべき目標を「見える化」によって明確に掲げ、部下たちを「全員参加」させてチームの気持ちを1つにまとめることです。管理者を信頼してついていく、という気持ちに部下を導かなければ、高い目標には到達できません。

 そのために今、管理者に必要なのは、部下の心をいたわり、安心感を与える行動です。

編集部:2019年度(2020年3月期)の決算発表の席で、報道陣から新型コロナの影響に関して聞かれたトヨタ自動車の豊田章男社長が「私は今、とても落ち着いている」と回答したのを思い出しました。

肌附氏—本音では決して落ち着いてなどいられなかったはずです。2008年に起きたリーマン・ショックでトヨタ自動車は赤字に転落しましたが、新型コロナが世界経済に与えるインパクトはそれを超えるともいわれていたのですから。実際、世界の主要都市がロックダウン(都市封鎖)されて販売店を営業できず、2020年4月の世界販売台数は46.3%も減少しました。自動車メーカーは設備産業ですから、いったんクルマが売れなくなると、固定費の負担が会社に大きくのしかかるのです。

 こうした未曽有の事態に直面し、社員が不安におののいている。ならば、まずは社員の心から不安を払拭しなければならないとトップである章男さんは考えたのでしょう。トップが不安を口にしたら、7万人の社員や36万人の連結社員だけではなく、部品メーカーや設備メーカーの社員にまで動揺を与えてしまう可能性があるのです。

 多くの日本企業が2020年度(2021年3月期)の業績予想を見送りました。トヨタ自動車でも財務担当者が「とても予想できない」と弱音を吐く中で、章男さんが黒字(営業利益が5000億円)予想を発表させた最大の理由は、ここにあると私は感じています。

編集部:私も取材していて、それは感じました。あえてそう演じているのではないかとも思いましたが、それはともかく功を奏しているようです。世界の自動車メーカーの中で、トヨタ自動車が真っ先に回復しています。部下に安心感を与えるために、管理者はどんなことに心掛けるべきでしょうか。

肌附氏—章男さんが社長に就任した直後に大規模リコール問題が発生し、2010年には米国の議会の公聴会に呼ばれてバッシングを受けました。その後、章男さんは米国の工場に直行し、迷惑を掛けて申し訳ないと現場の社員に頭を下げてスピーチし、ねぎらいの握手を交わしました。この時、「自分が社員を守らなければならないと思っていたが、実は守られていたのは自分だったと知り、思わす涙がこぼれた」と後に語っています。

 役員の中だけで、あるいは管理者の中だけで悩んでいるだけでは不十分。決して格好を付けず、現場の社員の目線に合わせて本音で語ったことが、世界中のトヨタ自動車の社員を「一丸となってこの難局を乗り越えよう、品質問題をなくそう」という気持ちにさせました。この事例が今の管理者にヒントを与えるのではないでしょうか。