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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み

新型コロナウイルスの影響を受けて経営が苦しくなった企業が、社員を他社に出向させる方針を打ち出しました。例えば、重工業系企業からトヨタグループ企業にも打診があったと報じられています。「苦しいときはお互いさま」なのでしょうが、従業員がいきなり他の会社に行って仕事ができるものでしょうか。もしも畑違いの現場からの出向者を受け入れる場合に、どのような心構えで対応したらよいでしょうか。

編集部:新型コロナ禍にありながら、自動車市場が盛り返してきました。中でもトヨタ自動車は新型コロナ感染拡大による危機を乗り越えて、再び成長軌道を歩みつつあります。一方で、旅客需要の低迷の影響をもろに受けた民間航空機市場の冷え込みは深刻です。特に、重工系で日本最大手の三菱重工業は、ジェット旅客機事業を凍結したことも影響し、社員の他社への出向を検討中です。同社は社名を明かさないものの、候補先の1つにトヨタグループ企業の名前が上がっているとの報道もあります。もしも、トヨタ自動車に打診があれば受け入れるでしょうか。

肌附氏—私は受け入れるのではないかと思います。トヨタ自動車には国内産業を守るという基本理念があるからです。例えば、「国内生産300万台は死守する」と宣言しているのはその表れです。率直に言えば、国内生産台数を減らして新興国での生産を増やせばトヨタ自動車はもっと利益が増える可能性があります。しかし、そうはしない。これには、国内の製造業を空洞化させないという思いがあるからです。困ったときは助け合おうという姿勢がトヨタ自動車にはあるのです。

編集部:しかし、いくら業績が上向いているとはいえ、トヨタ自動車は営利企業であり、株主に対する責任もあります。そんなに簡単に他社からの出向者を受け入れられないのではありませんか。

肌附氏—確かに、トヨタ自動車は慈善事業家ではありません。出向者を受け入れるにしても、人手が足りない職場がある場合だけでしょう。今は複数のヒット車種がある上に、新型コロナの影響で外国人が来日できないなどの事情もあって期間従業員が不足気味です。そのため、生産現場には出向者の受け入れ余力のある職場はあるかもしれません。しかし、人手が足りているのに出向者を受け入れることまではしないはずです。

編集部:技術者の受け入れはどうでしょうか。生産技術者の出向を報じているメディアもあります。たとえ航空機分野であったとしても、同じ生産技術の技術者であれば活躍の場があるのではありませんか。

技術系出向者は活躍の場が限られる

肌附氏—難しいところですね。率直に言って、技術者が足りないので出向者に期待するといった考えはトヨタ自動車にはないと思います。さすがに、仕事の内容が違いすぎます。もっと言えば、トヨタ自動車はそれぞれの技術分野で世界の競合企業と最先端を競って開発を続けています。そこに他の分野から突然やってきて、すぐに貢献できるほど簡単な業務ではありません。

 これは、逆もまたしかりです。トヨタ自動車の技術者が三菱重工業に出向したとしても、例えば民間航空機の開発現場でいきなり活躍することなど、まずできないでしょう。

編集部:航空機分野の技術を学んでクルマに応用するという可能性はありませんか。

肌附氏—その可能性を否定はしませんが、新しい技術を取り込むというよりも、トヨタ自動車の社員とは異なる発想や考え方を学ぶ機会と捉えるのが現実的ではないでしょうか。しかし、この意味でも受け入れられるのは数人からせいぜい10人未満だと思います。数十人といった規模の人数はとても無理でしょう。いくら技術者だからといっても、トヨタ自動車の本業であるクルマに関する技術開発の仕事に出向者が直接携わるというイメージを私は描けません。

編集部:それはなぜですか。