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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み

開発部門の管理者を務めています。最近の悩みは、人員が限られているにもかかわらず、開発案件は増える一方であることです。経営陣からは、開発効率を高める施策を打つように言われており、開発メンバー全員で知恵を絞っているのですが、いまひとつ効果がありません。こうした中、前回の「無駄な開発」を行わないという提案は参考になりました。その内容をもう少し詳しく教えてください。

編集部前回(第89回)、トヨタ自動車の技術開発について興味深い話をうかがいました。手掛けてはいけない「無駄な開発」があると。

肌附氏— その通りです。たとえトヨタ自動車社内でその技術が確立していなくても、世界のどこかの会社が既に開発を完了させている技術であれば、わざわざ時間と労力をかけて同じ技術を開発してはならない。しかるべき対価を払ったり提携したりして、その技術を使わせてもらう方法を考えるのです。

 例えば、特許があるのなら実施料を払ったり、トヨタ自動車が持つ特許を提供して相互に利用できるクロスライセンス契約を結んだりと、いろいろな方法があります。こうして新しい技術を取り込んだ上で、トヨタ自動車は新たな競争領域を見いだし、そこに技術者の開発リソースを投じるべきだ、という考え方です。

 もちろん、技術の具体的な中身や戦略的な位置付けなどによって例外はあります。しかし、競争優位となる領域を見つけ出し、そこに開発リソースを集中させるということは、逆に言えば、競争領域とは成り得ない領域には開発リソースを投じないということ。つまり、自ら手掛けるには無駄な開発というわけです。それでも、必要な技術というのであれば、使わせてもらおうという合理的な開発方針です。

 何も特別な考え方ではありません。競争領域をきちんと踏まえた正しい開発戦略の一環と捉えれば、理解しやすいのではないでしょうか。

編集部:前回、マスキー法を真っ先にクリアしたホンダの複合渦流調整燃焼(CVCC)方式のエンジンの技術について、トヨタ自動車がホンダから技術供与を受けた事例を伺いました。これ以外にも、無駄な開発を避けた事例はあったのですか。

肌附氏— 現役の技術者だった時に、私自身が経験した事例があります。ある時、私の部署はアルミニウム合金製シリンダーブロックの生産技術を手掛けることになりました。当時、クルマの低燃費を実現するために、シリンダーブロックの軽量化に関する開発競争が過熱していました。我々が目を付けたのは材料の転換です。当時主流だった鋳鉄からアルミニウム合金に変えたアルミダイカスト製シリンダーブロックの開発に力を入れていたのです。

 トヨタ自動車での開発は難航していました。品質がなかなか安定しないのです。開発している技術者は、世界中の論文や学会発表などから情報を収集していました。

 ところが、その技術者によく聞くと、ホンダが数年前に開発に成功し、実用化しているというのです。それを聞いて私は、すぐに開発を中止すべきだと主張しました。代わりに、「頭を下げてでも、お金を支払ってでも、その生産技術をホンダから教えてもらうように考えるべきだ」と。

 この時も、トヨタ自動車社内には「ホンダに負けてはならない。一から自力で開発すべきだ」と反対の声が上がりました。しかし、私は強く反対しました。私の主張はいつも変わりません。「同じ技術を遅れて開発したところで、ホンダに並ぶだけで競争優位にはならない。そんな開発を続けるのは無駄だ。ホンダと交渉してしかるべき費用を払って技術を使わせてもらい、我々はそこから先の開発に力を注ぐべきだ」と。

編集部:結果はどうだったのですか。