編集部:2021年12月半ばにトヨタ自動車が発表した新たなEV戦略には驚きました。それまでEVと燃料電池車(FCV)で2030年に200万台だった年間販売目標を、一気にEVだけで350万台に引き上げたのですから。これまで「トヨタに付いていけば大丈夫」と考えていたエンジン関係の部品・材料メーカーは、衝撃を受けたと思います。
肌附氏—15年ほど前から私は、将来はエンジン車を中心としたクルマづくりが変わる、現在の機械加工を中心としたものづくりがプリンティング技術を駆使したものへと変化する可能性があると訴えてきました。自動車産業が中心となって成り立っている地域の自治体に呼ばれた時には、現状に安住する危険性を伝える意味も込めて、「これからは自動車産業とは違う新産業を興すべきだ」と述べて来場者を啞然とさせてしまったこともあります。
当時はEVを販売しているメーカーは少なく、どちらかと言えばFCVを想定していました。いずれにせよ、エンジン車の仕事だけをやっていれば安泰だという甘い考えでいたら危ないと、部品・材料メーカーを含む日本企業に訴えていたのです。中には、事業の柱を自動車から別の分野に移して高収益を実現した部品メーカーもありますが、ほとんどの企業は「そんな時代が来るとは思えない」と受け止めていたように感じます。
編集部:今でもエンジン車やHEVが世界中で大量に売れているのですから、EVの存在感が現在よりももっと薄かった当時の日本企業には危機感は伝わりにくかったと思います。特に、リーマン・ショックの一時期を除いて好調な業績を続けてきたトヨタ自動車との取引が多い企業はそうだったのではないでしょうか。
肌附氏—常に危機意識を持ち、先を見て変化に柔軟に対応する力を付ける。企業を存続させるために必要なこの考え方の大切さを、「EVシフト」とメディアが大きく取り上げる今になって痛感している日本企業が多いというのが実態ではないでしょうか。
よく、トヨタ自動車は財務的に余裕があるからエンジン車からHEV、プラグインHEV、FCV、そして今回強化すると発表したEVまでの幅広い車種を展開できるのだと言われます。確かに、今のトヨタ自動車は他社に比べて経営体力があるでしょう。
しかし、もともとは「お客様第一」の姿勢を貫くために採った戦略です。顧客が望むクルマを提供するためには、市場の変化に即応しなければならない。そうしなければ、自動車メーカーとして生き残れないという危機意識がトヨタ自動車にはあり、考えられる限りの将来シナリオに備えて準備をしてきた結果なのです。大企業だからできる、好業績だからできるといった指摘を否定はしませんが、それよりも見るべきは、トヨタ自動車の危機感や先を見る目、変化に即応する柔軟な姿勢ではないでしょうか。