急激に円安が進んでいます。一時(2022年9月7日時点)は1米ドルが144円台まで円が下落しました。大手を中心に日本企業はグローバル化を推進する過程で、為替変動への耐性を付けてきたとは思います。しかし、エネルギーや材料の価格が高騰している中で、ここまで急速に円安が進行すると、さすがに日本の製造業にも負の影響が及ぶのではないかと心配になります。円安をどのように捉えていますか。
編集部:1米ドルが144円台になったのは1998年以来。24年ぶりの「超円安」です。見たことがない安値の水準になったのに加え、円の下落スピードがあまりに急速だったため、日本経済は大丈夫なのかと不安になる人は少なくないと思います。そういえば、肌附さんは以前から円安になるという未来予想をしていましたね。
肌附氏—はい。2年ほど前から円安の時代が来ると予想していました。理由はシンプルで、世界における日本の経済力が相対的に弱まっている様子を、製造業の経営者とのやり取りなどから肌感覚で実感していたからです。
金融の専門家が言う通り、今回の急速な円安に対する直接の原因は日米の金利差でしょう。米国が金利を上げている一方で、日本は金融緩和でゼロ金利政策を続けている。これにより、投資資金の米ドルシフトが起きて円の価値が下がっているというわけです。しかし、製造業に携わる人は、もっと根本的な原因に目を向けるべきではないでしょうか。日本の経済力の弱体化が進んでおり、それが円安につながっていると。
それを象徴するのが、日本の平均賃金の低さです。この20年間、世界の先進国の平均賃金は右肩上がりで伸びているのに、日本のそれは横ばいです。最近は大手メディアでも「安い日本」について報じるようになりました。これが日本経済の実力なのです。
私は、1米ドル=160円くらいまで円安が進んでもおかしくないとみています。実際、市場関係者の中には2022年内にもその水準にまで達する可能があると予想する人もいるようです。
編集部:そこまで円安になれば、日本の製造業はコストが上がり過ぎて大変になるのではないでしょうか。
肌附氏—国内市場だけでビジネスを行っている企業にとっては、コストが高くなって業績が悪化する可能性はあると思います。また、為替があまりにも急速に変わると、その対応に苦労する面もあるでしょう。しかし、長い目で見ると、円安は日本の製造業にとってはプラスに作用すると私は捉えています。
編集部:しかし、足元では電気料金の上昇をはじめ、さまざまな部品や材料が大きく値上がりしています。原価低減を得意とするトヨタ自動車ですら、部品・材料価格の高騰に原価低減がなかなか追い付かずに苦労していると言っています。この円安は製造コストの高騰をさらに加速させ、さすがにトヨタ自動車も対応に苦慮するのではありませんか。
肌附氏—トヨタ自動車にとって、円安はウエルカムです。確かに、エネルギー費用も部品・材料費用も高くなっていますが、その分は価格への転嫁によってある程度吸収可能です。むしろ、それ以上に円安が売り上げや利益を増やす効果の方が大きいのです。国内販売よりも海外販売の方が圧倒的に多いからです。
例えば、主要市場である米国市場では米ドルで販売するため、同じ価格で販売しても、その分、円ベースの売上高や利益は大きくなります。トヨタ自動車の2021年度決算における為替レートは1米ドル=112円でした。これが1米ドル=144円になると仮定すると、売り上げは3割近く増えます。利益については製造コストが上昇して価格転嫁できない分が減益要因となりますが、それでも円安はトヨタ自動車にとって追い風です。