全2450文字
PR

 コロナ禍に伴う国の緊急事態宣言をきっかけにテレワークを導入した企業は多い。中小住宅事業者も例外ではなく、組織のコンパクトさを生かした独自のアイデアで工夫を重ねて、「新しい生活様式」への対応に取り組む例もみられる。

 東京都内の住宅系専門工事会社であるA社も緊急事態宣言の発令を契機に、本社勤務の社員10人全員を原則、テレワークによる在宅勤務にした。全員在宅勤務をスタートして、課題として浮かび上がったのが、社員間のコミュニケーションだ。社内ミーティングなどは、ウェブ会議システムで十分足りる。しかし普段なら、会議以外の場でも、社内でお互いに顔を合わせていれば「ちょっとした会話」が自然と生じる。そうしたコミュニケーションはお互いの情報共有や業務の効率化と密接につながっているものだが、テレワークでは希薄になりがちだ。

 そこで同社が始めたのは、ウェブ会議システムをミーティングに限らず、もっと日常的なコミュニケーションのツールとして活用する取り組みだ。具体的には、社員1人ひとりが「Zoom(ズーム)」を常時接続の状態にしている。個別にテレワーク中の社員はそれぞれ、パソコン画面で同僚の気配をうかがうことができるとともに、ちょっとした雑談を含めていつでも会話できるようにしているのだ。

東京都内の専門工事会社A社では、テレワーク導入をきっかけに、社員全員がZoomを「つなぎっ放し」にして、社内コミュニケーションツールとして活用する取り組みを始めた(写真:大菅 力)
東京都内の専門工事会社A社では、テレワーク導入をきっかけに、社員全員がZoomを「つなぎっ放し」にして、社内コミュニケーションツールとして活用する取り組みを始めた(写真:大菅 力)
[画像のクリックで拡大表示]

 「テレワーク中は1人ひとりが情報を自分だけで抱え込みがちになる。Zoomを『つなぎっ放し』にしておけば、お互いの情報が自然に共有できて、タイムリーにアドバイスできる」。同社役員のA氏はこのように説明する。

 A社の場合はZoomの有料版を導入。無料版は3人以上の利用で時間制限があるが、有料版にはない。A社ではそれを次のような手法で使っている。まずZoomの定期ミーティング機能で、全ての就業日について、それぞれ始業から終業まで営業時間内を「会議」として登録する。Zoomは、Google(グーグル)の「Googleカレンダー」と同期できるので、Zoomに登録した会議情報はGoogleカレンダーにも表示される。同社のスタッフは、テレワークでの始業時にGoogleカレンダーを開き、登録済みの「会議」リンクからZoomの会議室にアクセス。この作業が、いわば“出勤”に当たる。

始業時間になると1人ひとりがZoomの会議室にアクセス。この作業が、いわば“出勤”に当たる(写真:大菅 力)
始業時間になると1人ひとりがZoomの会議室にアクセス。この作業が、いわば“出勤”に当たる(写真:大菅 力)
[画像のクリックで拡大表示]

 Zoomの会議室に入ったら、先に来ていたり後から来たりする他の社員とお互いに挨拶を交わす。以降は各自が自宅などそれぞれの場所で、自分自身の仕事に取り組む。昼休みになれば個々に席を離れて食事を取り、個々のスケジュールに基づいて営業や現場作業などに外出する人もいる。1人ひとりが別々の場所にいるということを除けば、ウェブ会議システムを通じて普段と変わらない「職場の1日」が過ぎていく。

 「つなぎっ放し」の際にはそれぞれ、カメラとスピーカーはオンのままだが、マイクはオフにすることを原則にしている。話しかけたい用事があるときだけ、マイクをオンにする。Zoomでは利用者同士がパソコン画面上でデータを共有したり、チャットで会話したりすることもできるので、話の内容によっては対面で立ち話するよりも効率がいい場合も少なくないという。

 また相手の作業状況がリアルタイムで画面に映っているので、手が空いたタイミングを見計らって話しかけることができるメリットもある。同社では社員間の少し込み入った打ち合わせの際には、「Google(グーグル)」のビデオ通話サービス「Google Meet」も併用。「日常的なコミュニケーションではチャットや画面共有などの機能が豊富なZoom、音質の良さやセキュリティーの高さがより求められる打ち合わせの際にはGoogle Meetと、使い分けている」とA氏は説明する。

少し込み入った打ち合わせの際には、「Google」のビデオ通話サービス「Google Meet」も併用。上の画面は、A社でのGoogle Meetを使ったミーティングの1コマ(資料:大菅 力)
少し込み入った打ち合わせの際には、「Google」のビデオ通話サービス「Google Meet」も併用。上の画面は、A社でのGoogle Meetを使ったミーティングの1コマ(資料:大菅 力)
[画像のクリックで拡大表示]

「オフィスに集まる必要ない」

 Zoomの「つなぎっ放し」を活用したテレワークは、どのような効果が得られたか――。A氏によると、離れていてもお互いが必要な際にいつでも会話できる環境が確保できた一方で、業務に支障を与えるような私語が全くなくなったという。「具体的に測定したわけではないが、仕事の生産性は従来よりも確実に高まった印象がある」(A氏)

 逆にマイナス面は、現状では特に顕在化していないとのことだ。強いて言えば社員の自宅などテレワークを実施する場所の通信環境を整えたり、ノートパソコンなどの機器を社員の人数分支給したりする費用面の負担が、中小事業者にとっては痛いところ。だがA氏は、「国や自治体でこうしたテレワーク導入のコストに関する助成制度が整備されてきている。それらを利用すれば、負担は相当抑えられる」と語る。

 A社は本社以外に支社も展開しており、もともと数年前から、本社・支社間でZoomとは別のウェブ会議システムを導入していた。そのシステムでも「つなぎっ放し」の導入を検討したが、100万円超のコストが掛かることが分かり、高額ゆえに断念した経緯がある。しかしウェブ会議システム自体に社内が慣れていた点は、Zoomをすんなりと日常業務に取り入れることに寄与したといえる。Zoomをはじめとするウェブ会議システムは現在、無料サービスを含めて様々なコスト水準で利用できるようになってきた。「サービスの裾野が急速に広がっており、当社のような中小事業者にとってありがたい」(A氏)

 2020年5月下旬に緊急事態宣言が解除後、A社では現在、オフィスでの業務を再開した社員とテレワークを続けている社員が混在している状況だ。オフィスとテレワークそれぞれの社員間で、引き続きZoomの「つなぎっ放し」を継続。社内の「新しい生活様式」として定着している。

 こうした体験を通じてA氏が改めて実感したのは、「社員全員が無理にオフィスに集まる必要はない」ということだった。「今の本社がある立地やオフィススペースの面積も、本当は必要ないのかもしれない。都内の中心部は地価も家賃も高いので、社屋やオフィスのあり方も従来の考えを見直す必要がありそうだ」。A氏はこのように語った。