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各界のキーパーソンに新型コロナウイルスの影響や、新しい社会へのヒントを聞く「私たちの『アフターコロナ』」。理化学研究所(理研)計算科学研究センターでセンター長を務める松岡聡氏は、「新型コロナを機に生まれた新しいサイエンスの作法が、開発の時間軸を変えていく」と見通す。アフターコロナに向けて重要な役割を担うのが、“脱ガラパゴス”を掲げて開発した新型コンピューター(スパコン)「富岳」だ。

(聞き手は久米 秀尚=日経クロステック、インタビューは4月20日にオンラインで実施した)

理化学研究所 計算科学研究センター センター長の松岡聡氏
理化学研究所 計算科学研究センター センター長の松岡聡氏
東京大学理学系研究科情報科学専攻、博士(理学、1993年)。2001年より東京工業大学・学術国際情報センター教授。2017年産総研・東工大RWBC-OILラボ長。2018年4月から現職。東京工業大学・情報理工学院特任教授を兼ねる。(出所:理化学研究所)
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理研は新型スパコン「富岳」の実践投入を1年も前倒ししました。治療薬の発見や診断法の確立など、“計算の力”に期待が集まっています。

 富岳を2020年4月から稼働させています。2021年から共用利用する計画で進めてきましたが、新型コロナによる国難に立ち向かうため、約1年の前倒しを決めました。困難な状況の中で秘密兵器を投入するというストーリーは「ガンダム」などSFの世界観に近く、非常に大きな注目を集めています。

 ですが、ただ単に新型スパコンというハードウエアを提供するだけではだめ。高度なシミュレーションやAI(人工知能)を使って、成果としてスピード感を持って世に出していくことが重要です。

 直接的な成果を出すことだけでなく、今回の挑戦が成功体験として根付くことにも期待しています。迅速な意思決定の重要さやアグレッシブな姿勢が、研究開発の新しいやり方を構築するきっかけになります。

具体的には、どのようなプロジェクトを進めているのでしょうか。

 富岳の計算能力は、2009年の事業仕分けで話題になったスパコン「京(けい)」の100倍と強力です。これまで処理時間やコストの問題であきらめていた精緻な計算を実行できるようになります。

 新型コロナ対策の1例が、治療薬の探索です。既存の治療薬から新型コロナに聞く薬を選定したり、創薬に使ったりしています。

 現在、既存の抗ウイルス薬の中から有望と思われる候補に限定して臨床試験が進められています。ですが、もしかすると全く別の用途で開発された薬が新型コロナに効くかもしれない。そこで、富岳のプロジェクトでは抗ウイルス薬に限定せず、2000種類もの既存医薬品を候補としました。高い計算能力があれば、網羅的に調べることができるのです。

 新型コロナの感染の広がりをシミュレーションするプロジェクトも走らせています。厚生労働省のクラスター対策班が「接触機会を8割減らすべきだ」と言っていますが、その根拠となるシミュレーションはラフなものです。

 現実社会はもっと複雑で、通勤電車や飲食店など、シチュエーションごとに人との接触率が違う。さらに、経済活動の変化も欠かせないパラメーターになります。(外出自粛要請や景気の変化などで)企業間の取引規模が減れば人の移動も減るわけです。「風が吹けば桶屋が儲かる」の理論で、連鎖的に影響が伝播していく様子を実データも使いながらシミュレーションするのには、ものすごい計算能力が必要になるのです。