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アフターコロナで求められるデジタル化

新型コロナで気付かされた課題は、他には何があるでしょうか。

 あとは「エッセンシャルワーカー」の待遇が悪いことが浮き彫りになったことです。エッセンシャルワーカーとは、生活に必須な職に従事する人たちのことを指します。医療従事者はもちろんですが、警察や消防、それから物流でトラックを運転している方々。それから保育士や介護士、スーパーマーケットやコンビニの従業員、あとはそれからゴミを収集してくれる人など、普段当たり前に働いていると私たちが考えていた方々です。

 そんなエッセンシャルワーカーの方々が誰なのか、新型コロナをきっかけに社会の皆さんが知るようになりました。すると、そういった方々の給料は、意外と高くないことにも気付くと思います。社会を根底から支えていて、緊急事態でも働いてもらわないといけない、どうしても必要な方々なのに、アルバイトなど非正規雇用も多く、実際には給料が低いのです。

 そんな状況でこれまで社会を支えてくれていたことが明確になってしまいました。なので、新型コロナが収束した後にやらなくてはいけないことの1つは、エッセンシャルワーカーの賃金を上げていくことだと感じています。

今のまま単純に賃金を上げるのは難しいと思います。社会構造から変える必要があると予想しますが、どんな変革が必要になるのでしょうか。

 今やるべきことは単純で、機械化、デジタル化によって経済効率を良くしていくことです。経済効率を高めないと、エッセンシャルワーカーの賃金も上げられません。AI(人工知能)を使う、IoTを活用する、5G(第5世代移動通信システム)を進める、こういった技術を使って、無駄を省いて効率化していく必要があります。ビデオ会議もその1つでしょう。

 お金を生み出すのは、まさにテクノロジーなんです。5Gでは日本は出遅れたので、今度は6Gや7Gで巻き返すべきです。国家戦略を立てて、もう1度この国は科学技術立国に戻るんだという強い意志のもと、たくさんお金を投入して10年後の勝利を目指す必要があると思います。今からやっても、追いつくのは10年後ですから。

 判子を押すために出社するというニュースが話題になっていましたが、私も経験しました。緊急融資の手続きで、電子印鑑の承認のための判子を押すために役所に行かされました。我々は今、判子のために感染危機にさらされているのです。判子のために命をかけなくちゃいけないなんて、本末転倒じゃないですか。こういった契約に関しても、どんどんテクノロジーを使って、ほぼすべて電子的にできるようにしないとダメだと考えます。

 教育現場のデジタル化も完璧な周回遅れです。ようやくプログラミングの義務教育が始まりましたが、それ以前に、生徒たちがパソコンを持ってないのが実態です。私も小学生向けも私設学校で教師をしていますが、新型コロナでオンライン授業を始める際にまず取り組んだのが、各家庭へのタブレットPCの貸し出しでした。

 これらのデジタル化の遅れが浮き彫りになったのも、新型コロナの大きな教訓だと思います。10年後に日本が再生するために必要な、非常に大きな改革の始まりになると思います。

 この状況下で可能性に気付いた技術もあります。自宅で運動しなければいけない状況で、インターネット上で自転車に乗る人たちがつながる「Zwift」というサービスです。家で自転車に乗りつつ、画面を見ながら、世界中の人たちとリアルタイムでCGのコースを走ります。

 自転車に取り付ける「スマートローラー」というデバイスが走行状況を取得し、路面や勾配の負荷を再現してくれるので、外を走らなくても、ロードバイクに乗って、みんなと競走もできます。ある意味これもeスポーツだと思いますし、そういった意味でeスポーツは今後とても拡大していくと考えています。

 そのときに必要になる要素が「臨場感」「没入感」だと思います。VR(Virtual Reality)などの活用もそうですが、10年後にはリアルと区別がつかないようなものも出てくるのではないでしょうか。あらゆる技術を統合して、エンターテインメントやスポーツの世界も変わっていくんだろうと考えています。

 最後に、財政の健全化や効率化のために社会の様々な施設や補助金などのムダを削ろうとしたのに対し、病床数の限界など予想外の形で我々がツケを払っている、実はその予算は削らないほうがよかったということが、今、分かったわけです。

 経済効率は確かにすごく重要ですが、経済効率だけで突き進んだ結果、おそらく人間の命の問題が、少し置き去りにされてきたのだろうと。新型コロナが一旦収束したあとに、もう1度振り返ってみて、経済効率だけではない社会を作っていく必要があると考えています。