各界のキーパーソンに新型コロナウイルスの影響や、新しい社会へのヒントを聞く「私たちの『アフターコロナ』」。早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は、アフターコロナでも「経営の本質は変わらない」とし、そのうえで「鍵になるのは従業員のマネジメント。管理型から共感型へ変わるべきだ」と主張します。(インタビューは4月28日にオンラインで実施した。聞き手は島津 翔=日経クロステック)
新型コロナウイルスが企業経営に与えた影響について教えてください。
まず重要なのは「時間軸の感覚」を持つことだと考えています。現在(インタビュー時点の4月28日)は混乱の中で慌ただしい毎日を過ごしている。でもいつかはこの騒ぎも落ち着き始め、終わりが来ます。
僕は、新型コロナによる時間軸は大まかに3つの段階に分けられると思っています。第1段階はまさに今。まだどのタイミングで収束するか分からない段階。外出自粛によって短期的に業績に甚大なダメージが現れる。ここはとにかく現金を確保してしのぐしかない。
第2段階は収束が見え始めたころ。この段階では、生き残った企業を中心にこれを好機と捉えて仕掛けるプレーヤーが多く現れるでしょう。そしてこの段階が極めて重要です。まず、全体にアセットの価格が下がっているので、様々な業界でM&A合戦になることが予想されます。ここで攻めの投資ができるか。
例えば、航空産業は高い確率で業界再編が進むはずです。欧州のいくつかの会社は苦しいので、中国系の航空会社が買収するといった動きはもう出てきているとも聞きます。
これに関連して、イノベーション向けの投資も重要です。この点でいうと気になるのは、日本の大企業を中心としたCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の勢いが弱いことです。実際、トーマツベンチャーサポートの調査などでは、独立系のVC専業企業はこのコロナ不況下でもしっかり投資を進める傾向ですが、大企業のCVCは大幅に投資額を減らすところが出るようです。
恐らく理由としては、CVCは日本の大企業の「本業ではない」からでしょう。しかし、それこそ中長期的なイノベーションに取り組んでいない「なんちゃってオープンイノベーション」をしていた証左なわけです。自社の長期ビジョンに腹落ちせず、攻めるべき第2段階でイノベーションへの投資ができない企業は、これからの時代を生き残るのは難しいはずです。ベンチャーからしても、この第2段階できちっと投資できるCVCと組んだ方が幸せでしょうね。
その後、時間軸でいう第3段階が、世間で言われているニューノーマルに近いフェーズです。世界の大きな方向性が見えてくる。でも、「世界はこうなるのではないか」「我々はこうやっていきたい」という方向性を考えておくのは、第1段階か第2段階の時なんですよね。第3段階でやっても遅いですから。つまり我々はいまこの瞬間から、ニューノーマルに向けて長期目線で世の中がどうなるかをそれぞれが考えなければならない。
とはいえ、実は僕は企業経営に関しては、実はビフォーコロナでもアフターコロナでも本質は全く変わらないと考えています。企業が進むべき方向性は、新型コロナ以前から私が講演などで繰り返していることと同じです。ただ、コロナや強制的な在宅勤務で、コロナ前から言われていた課題が顕在化したので、今後はそれが加速するだけです。
ここでの最大のキーワードは、「変化・イノベーション」と「不確実性」です。まず、コロナ前から言われていたこととして、これからは変化の激しい時代なので、デジタルの力などを使ってイノベーションを起こさなければならない。そしてイノベーションとは、不確実性が高いものです。だから多くの日本企業はイノベーションに取り組めてこなかった。しかし、アフターコロナの世界では不確実性がさらに増すことは間違いない。そうであれば、イノベーションに取り組む力がますます必要なのです。
そのためには、中長期的な未来に向かってのビジョンと、そのビジョンに対する「腹落ち」が企業に浸透することが、間違いなく必要になる。腹落ちとは、経営学の言葉で言えば「センスメーキング」です。企業全体が未来の方向に腹落ちすれば、経営学でいうところの「知の探索」ができます。それは、自身の認知の範囲を超えて、遠くを見て、様々な知と知の組み合わせから新しい知を生み出し、イノベーションにつなげることです。コロナ前から私が言ってきたことですが、いよいよそれができる会社こそが生き残れる時代になった──。アフターコロナも本質は全く同じです。
つまり、コロナが企業にもたらすものは「方向転換ではなく、加速」なのです。僕はそう考えています。