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新型コロナウイルス対策として2020年春、多くの企業が社員を在宅勤務に切り替えた。製薬会社のMSDは10年ほど前から在宅勤務制度を導入してきたが、2020年春から、全社員が原則在宅で勤務することにした。急激な働き方の変化で出てくる課題を、アジャイル型で解決していく工夫を凝らした。

 短時間で成果を出していくことを重視するなど、働き手の価値観は多様化している。少子高齢化や労働人口の減少も進む中、多様な価値観を持つ人たちが自分らしく働けるようにしよう――。こうした考えのもと、2009年から在宅勤務制度を設けてきたのが、米製薬大手メルクの日本法人、MSDだ。

在宅勤務をするMSDの社員
在宅勤務をするMSDの社員
(出所:MSD)
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 当時、在宅勤務制度は育児や介護などが必要になった社員に向けて、福利厚生の一環として設ける企業が少なくなかった。しかし、MSD人事部門人事グループの松岡裕一郎マネージャーは「福利厚生の一環ではなく、企業戦略の一環で多様な働き方ができる制度として導入した」と話す。

 MSDの社員はこの制度の下、多様な働き方をしている。オフィスワークが中心のおよそ1000人の内勤社員は在宅勤務を中心としたテレワークを、2000人ほどいる営業担当者は出先でも仕事を進めるモバイルワークをそれぞれ進めてきた。10年以上制度を続けてきたこともあり、2019年ごろまでには、毎月、内勤社員の500~600人ほどが月1回以上、テレワークを実施するようになっていた。

内勤者、営業担当者、派遣社員……原則全社員が在宅勤務

 新型コロナウイルス対策として感染拡大の防止などを目的に在宅勤務を始めたのは、2020年3月初めからだ。原則全社員が在宅勤務を行う方針を掲げた。対象は内勤の社員や営業担当者といった社員と、一緒にオフィスで働いてきた派遣社員など3300人だ。現在もその方針を維持している。

 製造ラインを稼働させるために出社勤務が必要な製薬工場でも、オフィスワークが中心の間接部門で働く社員などが原則在宅勤務をするなど、可能な範囲で取り組んでいる。「営業担当者も医療機関を訪問して情報提供などをしてきたが、Web会議サービスを使ったやり方に切り替えている」と松岡マネージャーは話す。

 MSDでは、3000人以上の社員が一斉に在宅勤務を行うことはそれまでなかった。社員が自宅などから社内システムやWeb会議サービスなどを使うには、ノートパソコンからインターネット経由でVPN(仮想私設網)装置にアクセスする必要がある。「VPNの同時接続数が3000以上になっても問題ないか事前に確認した。VPN装置の処理能力や、インターネット回線の帯域をみたところ、問題なく利用できることが分かった」とMSD情報システム部門テクノロジーサービスのセドリック・ティリオンアソシエイトディレクターは振り返る。

 多くの社員が在宅勤務を続ける中で、VPN装置の処理能力が低下しないように、ネットワーク経路で工夫を凝らした。

 具体的にはノートパソコンのOSをアップデートするためにダウンロードするデータや、Web会議サービスでやり取りする動画や音声データは、VPN装置を介さずに、ベンダーやサービス提供会社のサーバーなどと直接インターネット経由でやり取りするようにした。

「アジャイルの中でも特にアジャイル」な方法で課題解決

 多くの社員が一斉に在宅勤務へ切り替えることで様々な課題が出てくることが想定された。そこでMSDは策を講じる。2020年2月中旬から、短期間で繰り返し成果を出していくアジャイル型のプロジェクトチームを立ち上げて、在宅勤務を進める中で出てくる課題を解決していくことにした。

 背景には同社がITにとどまらず社内業務を対象にアジャイル型の働き方を進めてきたことが大きい。医療環境が急激に変化する中で、革新的な医薬品やワクチンを提供することなどを目的にしている。アジャイル型の働き方の試行は2018年11月から始めた。当初は、不眠症をはじめとする複数の疾患領域に関する業務にアジャイル型の働き方を適用した。

 2019年6月には、糖尿病や高脂血症などの治療薬を手掛けるプライマリケアマーケティング部門にもこの働き方を広げてきた。新しいアイデアの創出や迅速な問題解決といった成果が出ると分かったため、MSDは2020年1月から本格的にアジャイル型の働き方を推進することにした。

 在宅勤務に関する課題の解決を目指すアジャイル型プロジェクトチームにはITの担当者に加えて、人事、財務、営業、工場、研究開発といった業務部門の担当者も参画した。

 このプロジェクトチームについて、「アジャイルの中でも特にアジャイルな進め方を採用した」とティリオンアソシエイトディレクターは話す。具体的には、タスクを示す「カード」と、カードを2次元で貼り付ける「ボード」を電子化して進捗を管理できる市販のタスク管理ツールを導入。2日に1回の間隔で、メンバー全員で取り組むタスクの優先順位を決めるなどして、仕事を進めていった。

 アジャイル型のプロジェクトは、2週間といった期間ごとに見通しを立てて、取り組むタスクなどを固めて達成を目指すことが多い。しかし今回、このやり方は見送った。「解決すべき課題が次々に出てくるなど、状況が日々変わっていきそうだった。そこでより柔軟に課題解決などのタスクを進めていけるやり方を採用することにした」とティリオンアソシエイトディレクターは話す。