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 ソニーが2020年5月19日に開いた経営方針説明会で、同社代表執行役社長兼最高経営責任者(CEO)の吉田憲一郎氏は「地政学リスク」という言葉を何度も使った。同氏の言う地政学リスクとは、米国と中国の対立だ。もともと米中貿易摩擦としてくすぶっていた火種が、新型コロナウイルス感染拡大の責任を巡って再燃。経済圏の分離(デカップリング)というグローバル企業にとって悪夢のような事態が目前に迫ってきた。この地政学リスクは今や、ソニーに限らず日本の製造業を大きく揺さぶっている。

 本来なら華々しい施策の数々で彩られていただろうソニーの経営方針説明会は、“米中分離”の懸念でどこか重たい雰囲気をまとっていた。象徴的だったのは、金融事業を手掛けるソニーフィナンシャルホールディングス(SFH)の完全子会社化を発表したときだ。吉田氏はその理由として、これまで少数株主への配当として流出していた利益の取り込みなどに加えて、経営の安定を挙げた。「金融事業は国内で完結しており、リスクマネジメントに寄与する。地政学リスクの高まりに備えて日本に安定した利益基盤を持つことが重要だ」(同氏)。

ソニーが経営方針説明会で発表した主な施策
事業セグメント別にまとめた。同社の資料を基に日経クロステックが作成した。
全社・グループ本社「ソニーグループ」創設(2021年4月1日付)
・法人としてのソニーはエレクトロニクス事業会社(現ソニーエレクトロニクス)に承継(同上)
ゲーム&ネットワークサービス(G&NS)・クラウドゲーム事業で米マイクロソフト(Microsoft)との協業を加速
・2020年の年末商戦に「PlayStation 5(PS5)」を投入、ハプティック技術採用の新型コントローラーや3次元オーディオでユーザー体験強化
音楽・ウィズコロナ時代も成長見込めるストリーミング配信で収益基盤を整備
・日本ではアニメーションやキャラクタービジネスを絡めたアーティストマネジメントを強化
映画・自社ゲームタイトルを活用した独自コンテンツへの投資を加速
・ウィズコロナ時代の作品公開の在り方を模索
エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション(EP&S)・これまで追及してきた「リアリティー」「リアルタイム」に加えて、ウィズコロナ時代の「リモート」需要に対応
・エレクトロニクス事業の技術をメディカル事業に積極投入
イメージング&センシング・ソリューション(I&SS)・長期の成長見込める車載センシング領域で攻勢
・イメージセンサーでは機械学習用途の開拓などスマートフォン依存からの脱却図る
・設備投資計画は慎重に見極める
金融・ソニーフィナンシャルホールディングス(SFH)の完全子会社化(現在の出資比率は約65%)
・他事業とのシナジー追求
その他(G&NS、音楽、映画にまたがる領域)・日本のアニメーションを成長見込める海外市場に展開
・中国の動画配信サービス大手である嗶哩嗶哩(ビリビリ)との資本提携をはじめ、中国のデジタルコンテンツ領域で現地企業との連携を強化

 通常なら、利益の取り込みや他事業とのシナジーだけで説明としては十分だっただろう。地政学リスクへの言及は、裏を返せば、全世界に展開する家電やイメージセンサーといった事業について、“米中分離”のリスクが大きくなっていることを意味する。

TSMCに“踏み絵”

 伏線はあった。説明会の4日前となる5月15日、米商務省は中国・華為技術(ファーウェイ)に対する禁輸措置を強化すると発表した。ちょうど1年前に発動された禁輸措置では、同社への米国製品の輸出は禁じられたが、米国外製品かつその製品に使われている米国の技術が金額ベースで25%以下にとどまっていれば、米国政府の許可なく同社への輸出が可能だった。今回の規制強化は、この“抜け道”を塞ぐものだ。これに伴い、台湾のファウンドリー(半導体生産受託)大手の台湾積体電路製造(TSMC)は「ファーウェイからの新規受注を停止」と報じられた。

 TSMCは、ファーウェイ傘下の海思半導体(ハイシリコン)が設計したプロセッサーやベースバンドICなどの生産を多く受託していた。これが新たな規制に抵触するとみられる。TSMCは米商務省が規制強化を打ち出した直後に、米国アリゾナ州に5nmプロセスの半導体前工程工場を建設することも発表した。米中双方から“踏み絵”を迫られていたといえる。