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 米グーグル(Google)や米フェイスブック(Facebook)らが建設していた米国ロサンゼルス−中国香港を結ぶ太平洋横断海底ケーブルが、米中対立の影響で異例の計画変更を余儀なくされた。米政府が中国と直結する海底ケーブルに対し安全保障上の懸念を示したからだ。グーグルらは海底ケーブルのルートをロサンゼルス−台湾、フィリピンへと変更。2020年4月に入り、ようやく運用開始のめどをつけた。海底ケーブルはインターネットの国際通信99%を担う大動脈。米中対立はそんな世界の基幹網に分断を迫る。

初の米中直結海底ケーブルに米政府が「待った」

 計画変更を余儀なくされたのは、海底ケーブル「PLCN(Pacific Light Cable Network)」だ。グーグルとフェイスブック、香港の通信事業者であるPLDC(Pacific Light Data Communication)の共同プロジェクトとして2015年末に計画がスタートした。米国ロサンゼルスと中国香港を直結する全長約1万3000kmの海底ケーブルを敷設し、当初は19年の運用開始を目指していた。

米国ロサンゼルスと中国香港を直結する計画だった海底ケーブル「PLCN」
米国ロサンゼルスと中国香港を直結する計画だった海底ケーブル「PLCN」
(出所:PLDC)

 PLCNが注目を集めた理由は、米国と中国を直結する実質的に初の海底ケーブルになるはずだったからだ。太平洋を横断する海底ケーブルは、インターネットの大動脈として数多く敷設されている。ただし日本や台湾、フィリピンを陸揚げポイントとすることが多く、米中を直接つなぐ海底ケーブルは「PLCNが実質初」(業界関係者)と言われてきた。

 そんなPLCNの計画に待ったをかけたのが米政府だ。PLCNの建設がほぼ終了していた19年8月、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、米政府が国家安全保障上の理由からPLCNの事業阻止を検討していると報じた。海底ケーブルは、各国の陸揚げポイントに通信装置や給電装置を設置する。有事の際にこれらの装置を停止すれば両国を結ぶ大動脈を切断できる。さらにこうした設備で通信内容を傍受されるといったリスクを米政府が警戒した可能性がある。

 米政府の懸念を受けてグーグルとフェイスブックらは20年2月、米規制当局のFCC(連邦通信委員会)に対し、アジア側の陸揚げポイントを中国香港から台湾とフィリピンに変更すると申請した。FCCは20年4月、グーグルらの申請を承認し、PLCNはようやく事業開始のめどをつけた。

150年以上の歴史を持つ海底ケーブル、巨大ITの専用網に変貌

 海底ケーブルの歴史は古く、1850年に英仏間のドーバー海峡に電信をやりとりするためのケーブルが敷設されたのが始まりだ。現在では海底ケーブルに、光ファイバーを束ねた光海底ケーブルを使うケースがほとんど。最新のシステムを利用した場合、「1本のケーブルで約1万500枚のDVDを1秒間に送信できる400T(テラ)ビット/秒の伝送が可能」(NEC海洋システム事業部長の桑原淳氏)という。

 そんな海底ケーブルの役割が近年、大きく変わりつつある。かつては国際電話やインターネットの中継網として発展してきた海底ケーブルだが、この10年でグーグルやフェイスブックなど巨大IT企業が世界各地につくるデータセンターを結ぶ専用網としての比重が大きくなっているからだ。米調査会社TeleGeographyによると、大西洋を横断する海底ケーブルのデータ通信量の実に8割がグーグルやフェイスブックなどコンテンツ事業者が占めるという。

海底ケーブルの総延長距離は地球30周分に及ぶ
海底ケーブルの総延長距離は地球30周分に及ぶ
敷設の主役は巨大ITへと様変わりしている。(出所:TeleGeography)

 グーグルなど巨大IT企業は、自国はもちろん欧州やアジア各地、南米などに自社サービスを配信するためのデータセンターを建設している。これらの地域の消費者は、地理的に最も近いデータセンターにアクセスする。その方が体感品質は向上する。

 世界各地に点在するデータセンターが蓄える膨大なデータを同期させるためには、海底ケーブルを使った大量の通信が必要になる。「グーグルやフェイスブックは以前、通信事業者が敷設した海底ケーブルを調達していた。しかしデータ量が膨大に膨れあがり、経済合理性から自ら海底ケーブルを引いた方がよいという判断に変わった」(海底ケーブルの動向に詳しい情報通信総合研究所 主任研究員の小川敦氏)。