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スタジアム設計の豊富なノウハウを持つ梓設計。国立競技場では独自プログラムを開発し、観客席の配置などのプロセスを劇的に短縮した。「収集した膨大な情報やエビデンスは、スタジアムに携わる人々にも広く知ってもらいたい」と、梓設計の杉谷文彦社長は語る。(インタビューは2020年2月に実施。聞き手は、佐々木 大輔、菅原 由依子=日経クロステック/日経アーキテクチュア)

 国立競技場がいざ完成してみると、どこか寂しい感じがする。それほどプロジェクトの進行中は、関係したスタッフ皆の気持ちが入っていた。日々、工事が進んでいき、現れてくる姿にワクワクした。完成を迎えた今は、1つの長い旅が終わったような感覚だ。

梓設計の杉谷文彦社長。オフィス入り口には、国立競技場の観客席の原寸大模型を展示している(写真:的野 弘路)
梓設計の杉谷文彦社長。オフィス入り口には、国立競技場の観客席の原寸大模型を展示している(写真:的野 弘路)

 当社が国立競技場に関わり始めたのは、約10年前に遡る。文部科学省などが改修を含めた様々な検討をしていると知り、「私たちも何とか関わりたいね」と、社員たちと話していた。桜の花びらをモチーフにした開閉式の屋根を考案し、大きな模型をつくっては関係者の意見を聞くなどして助走を始めていた。

 2009年にラグビーワールドカップの日本開催が決定してからは、スタジアム視察のために欧米を幾度も巡った。国際デザインコンクールでは最終選考11作品まで進んだ。だが正直に言えば、当社がデザインや設計に関われるとは、まだ誰も信じていなかった。

 それが一気に現実となった。ザハ・ハディドさんが手掛けた案の時、日本側の設計チームの一員に選ばれたのだ。ところが工事費で予算との差が埋まらず、設計も終盤になった頃に、突然の「白紙撤回」となった。まさかキャンセルになるなんて思いもしなかった。休みもなく昼夜頑張ってきたスタッフの疲労の色は濃かった。

 仕切り直しの整備事業の技術提案を控え、「僕たちにはこれまでの経験がある。僕たちにしかできない。もう一度やろう」と皆を集めて話をした。「このまま諦めるわけにはいかない」と、社員たちの切り替えは速かった。そして、「もう、やりたいことをやろう。緑あふれるスタジアムにしよう」と話し合い、コンセプトを “生命の大樹”と名付けた。皆の気持ちは1つになった。完成した国立競技場の原形ともいえる姿がすぐに出来上がってきた。私は「これでいける!」と確信した。