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 深層学習など現在の人工知能(AI)技術が抱える課題を解決するには、「世界モデル」の研究が重要になる――。2020年6月9日にオンラインで開催された第34回人工知能学会全国大会のセッションで、一線級の研究者が激論を交わした。テーマは「意味を理解して処理するAI」の実現に向けた、深層学習と記号推論を融合させるAI研究だ。東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授は「『世界モデル』をベースとした研究を進めるべきで、実現すればインターネットやスマートフォン以上の産業インパクトになる」と語った。

交互にブームを繰り返した「パターン認識」と「知識・記号推論」

 ここ数年続く第3次AIブームでは、特に深層学習(ディープラーニング)に注目が集まっている。だが深層学習は画像や音声などのパターン認識はできる一方、パターンが示す「意味」をAIが理解しているとは言えず、社会・産業での利用に当たって課題の1つになっている。

 同セッションに登壇した科学技術振興機構(JST)の福島俊一フェローは、深層学習を中心とする現在のAI技術の課題として、学習に大量の教師データや計算資源を必要とすることに加え、意味の理解や出力結果の説明などができない点を挙げた。こうした課題を解決するため、深層学習と、あらかじめ知識を与え論理式から推論する「知識・記号推論」の融合が必要だと訴えた。

 深層学習などのパターン認識と、意味の理解を目指す知識・記号推論は、AI研究の歴史において対立する研究とみなされ、互いにブームをけん引してきた。1960年代の第1次AIブームは探索・推論の時代と言われたが、その後1960年代後半から1970年代にかけてはネオコグニトロンなどのパターン認識の研究が盛んになった。1980年代の第2次AIブームは一転、知識・記号推論であるエキスパートシステムが中心となった。

 こうした潮流の中、両分野を統合する考え方として松尾教授が独自に提唱しているのが、パターン認識を中心とした「動物OS」と知識・記号推論を中心とした「言語アプリ」の2階建てモデルだ。松尾教授は同セッションで、深層学習と知識・記号推論を融合させるには、動物OSを通じて外界の挙動をシミュレートする「世界モデル」の研究が重要だと強調した。

産業インパクトはネットやスマホ以上に

 松尾教授が提唱する考え方はこうだ。まず、直観や経験に基づき高速に判断を下す「システム1」が「パターンの世界」である1階部分に相当し、推論や分析に基づく遅い思考である「システム2」が「記号の世界」である2階部分に相当する。なおシステム1とシステム2は、ダニエル・カーネマンが提唱した人間の認知タスク分類だ。

知識は「動物OS」と「言語アプリ」の2階建て構造だと説明する東京大学の松尾豊教授
知識は「動物OS」と「言語アプリ」の2階建て構造だと説明する東京大学の松尾豊教授
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 松尾教授は、パターンの世界で外界から知覚や運動を通じて情報を入出力する知能を「動物OS」とし、思考や想起、発話や聞くことを通じて情報を入出力する知能を「言語アプリ」とした。