「AI(人工知能)は社会を根本から変える潜在力がある。だが現在は社会の仕組みが従来のままで、AIやITを十分に活用できていない。社会の仕組みそのものを新たにデザインすべきだ」――。
2020年6月9日にオンラインで開催された第34回人工知能学会全国大会の基調講演は札幌市立大学の中島秀之学長が務め、「AI技術を活用する社会のデザイン」と題して講演した。AIの歴史を振り返るとともにAI活用に向けた新しい社会の在り方を提言した。
人間の価値観が中心となる「人間社会」ではAIがカギに
中島学長は1983年に電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)に入所、はこだて未来大学学長などを経て2018年より現職を務める。1978年に米マサチューセッツ工科大学AIラボに留学して以来、一貫してAIの研究に携わってきた。
中島学長はまず、社会におけるAIの位置づけと、AI研究の歴史を振り返った。
社会において「『情報』は『物質』『エネルギー』に並ぶ世界観だ」と中島学長は語る。農耕社会においては物質が重視されたが、産業革命後の工業社会でエネルギーが重視されるようになり、さらに情報社会になり情報が重視されるようになった。続いて人間の価値観が中心となる「人間社会」が到来すれば、情報の延長線上にある「AI」がキーとなる。こうした未来像を中島学長は2000年ごろに提案したという。
そのうえで、中島学長はAI研究の歴史を振り返った。1950年代にAIは「第1の夏」を迎え、記号処理の研究が盛んだった。ところが、コンピューターには「常識」が欠如していることからうまくいかず「第1の冬」に入った。1980年代には「第2の夏」としてエキスパートシステムなどの知識処理の研究が活発になったが、コンピューターに「暗黙知」を実装するのは難しく、人間のエキスパートを超えることはできず「第二の冬」を迎えた。そして近年は深層学習により暗黙知を扱えるようになって「第3の夏」、つまり第3次AIブームが始まった。
現在のAIはどのような位置づけにあるのか。AIはITの一部であり、AIの中には前出の「第1の夏」「第2の夏」で研究が進んだ「知識表現・推論」と、パターン認識を中心とした機械学習がある。機械学習はニューラルネットワークとその発展形である深層学習を含む。深層学習の理論は以前からあったが、大量データを処理できるようになって初めて実装できたため、企業や社会で実用化が進んでいるとした。
AIやITをフル活用できる社会に
こうして今、歴史上初めて、AI技術が本格的に社会実装されるようになったが、一方で、技術を実装する社会の側が変化していないことが問題だと中島学長は指摘する。「AIは社会の仕組みを根本から変える能力を持っているが、現状は社会の仕組みがそのままで、AIやITの可能性を使っていない」。
例えばAIを用いた意思決定システムを運用することで、データに基づく政策決定が実現する。オンラインでもデータを基にした議論がしやすくなり、「国会の議論もオンラインでできるようになる」(中島学長)。また教育では、オンライン化とAIによる個別最適化を進めることで、1人ひとりに合ったカリキュラムを提供する個別専門教育が可能になる。
こうした社会の仕組みの変化を促進する取り組みを、中島学長自身も取り組んでいるという。同氏が会長を務めるAIベンチャーの未来シェアは、バスや電車などから組み合わせ最適化した移動手段をリクエストするシステムを開発している。ただ、こうした新しい仕組みを実現するには、法律の変更も必要となるため、「技術は急速に進むが、法律は急には変わらない。技術と法律の差はますます開くばかりだ」(同)として、技術の進歩に合わせた法の枠組みが必要だとした。