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 中国を代表する決済サービス「WeChat Pay」の利用者は、友人からお金を送ってもらった際、わざわざ「受け取る」というアクションをしなければならない。本来、自動で残高が増えるようにした方が無駄な操作がなくて済むにもかかわらずだ。現に、競合である「Alipay」の場合、最小限の操作で受け取れるという。日本の口座振り込みを思い浮かべても、振込先が承認しないとお金が送られないなどということはない。

 WeChat Payを運営する中国テンセント(Tencent)は世界的なテクノロジー企業であり、UX(ユーザー体験)を緻密に磨き続けているはず。その同社が、一見無駄にも思える「受け取る」ボタンを設けているのはなぜか。

 「『財布を出すポーズ』をデジタル上でできるようにするため」――。ビービット東アジア営業責任者の藤井保文氏は、最新の著作『アフターデジタル2 UXと自由』のなかで、WeChat Payが「受け取る」ボタンを実装している理由を、こう解釈している。

『アフターデジタル2 UXと自由』(藤井 保文 著、日経BP発行)
『アフターデジタル2 UXと自由』(藤井 保文 著、日経BP発行)

 中国を拠点にしている藤井氏は、部下と食事をした際のエピソードを挙げる。食事代をおごろうとする藤井氏に対して、1人の部下が「私も払います」と言い出した。われわれもよく出くわすシーンだ。日本であれば、財布からお札の端をチラリとのぞかせて、支払うそぶりをするところだろう。

 ところがキャッシュレスが浸透した中国で、財布を取り出すことはない。部下は「100元だけでも払います」と、WeChat Payで100元を送ってきたというのだ。これは上司である藤井氏が、WeChat Pay上で「受け取る」ボタンを押さないことを見越した上での行為だという(実際、藤井氏は「受け取る」ボタンを押さなかった)。

 日本でも中国でも、「財布を出すポーズ」によって互いが悪い気にならずに済むという文化が残っているのは確か。テンセントは「お金の受け取り一つにもコミュニケーションが発生する」と考えて、あえて「受け取る」ボタンを設けたのだと藤井氏は解する。

 チャットサービス「WeChat」を主力とする同社は、「すべてをコミュニケーション化する」ことをミッションに掲げる。WeChat PayのUXは、テンセントの文化や思想を体現しているわけだ。

 中国に住み始めたころの藤井氏は、WeChat Payの「受け取る」ボタンが不便で、Alipayの方が「圧倒的に便利」と感じていたという。ところが上記の体験を通して、WeChat Payへの認識ががらりと変わったと述べている。