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 デジタルマーケティングなどを手掛けるベンチャー、overflowの代表取締役CEOである鈴木裕斗は、自分の机に置かれた新しいオフィスの契約書をじっと見ていた。3月中旬の月曜日のことだった。

 その3日前の金曜日、鈴木は社員に対して新オフィスへの移転を発表していた。もう契約書に捺印するだけ──。そんな状態で、鈴木は躊躇した。

 現オフィスが手狭になったと感じて新しいオフィスを探し始めたのは今年1月。100カ所以上を書類で見て、そのうち20カ所程度を内見し、やっと見つけた新オフィスだった。東京・中目黒で約50坪。今より2.5倍の広さは、これから事業拡大を目指す同社にとって魅力的に映った。

 社員に移転を伝えた直後の週末、鈴木は契約書を片手に、もう一度、新型コロナウイルスのまん延状況と今後のオフィスについて思いを巡らせた。当時、混乱の舞台は中国から欧米に移りつつあり、日系製造業各社が世界中の工場を一時閉鎖し始めていた。日に日に東京でも感染者が増え続け、自主的な休業を発表する企業もあった。

 熟慮のすえ、鈴木は月曜日に移転撤回を意思決定し、社員にこう告げた。「朝令暮改で申し訳ないが、新しいオフィスには移転しない」。社員から反対の声は出なかった。

 同社はその後、1週間程度、オフィスでの通常勤務を続け、3月下旬に東京都内の感染者が急増したタイミングでリモートワークに切り替えた。出社は禁止とし、全員が在宅で勤務を続けること約2週間。鈴木はこう確信する。

 「うちの会社に、もうオフィスはいらないな」

 連載1回目「さよならオフィス(上) 始まった解約ラッシュ、不要論と対峙する経営者たち」で見たように、多くのベンチャーがリモートワークの浸透をきっかけにオフィス面積が過剰だと感じ、解約して小ぶりなオフィスを借りようとしている。鈴木の考えは違う。「もうオフィスでしか絶対にできないことなんて、ない」。

 同社は4月、現オフィスのオーナーに解約通知を届け出た。7月末に退去するが、新しいオフィスはもう借りないつもりだ。正確には、本社登記に必要なオフィスを1席だけ借り、社員は全て在宅で勤務する予定としている。

 「コミュニケーションの場」としてオフィスを必要とする意見にくみしない鈴木。その真意はどこにあるのか。本人に聞いた。

(以上、文中敬称略)

3月下旬から出社を禁じて、4月中旬にはオフィスの解約を決めています。意思決定にいたるまでの流れを教えてください。

 リモートワークを採用して2週間くらいで、「もううちの会社はオフィスがなくても十分に機能する」と感じたんです。

鈴木  裕斗氏
鈴木 裕斗氏
overflow代表取締役CEO。サイバーエージェントでAmebaプラットフォームの管轄責任者、iemo代表取締役、DeNAキュレーションプラットフォーム広告部長などを歴任した後、2017年6月にoverflowを創業。2018年よりエキサイト社外取締役を兼任(写真:overflow)
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 そもそもオフィスを持つ理由は大きく2つあると考えています。1つは機能面で、会社のパフォーマンスを上げるため。もう1つは目には見えてこない相互の人間関係だったり、会社のビジョンのようなものを体感するため。前者のパフォーマンスに関しては、全く落ちていないということがわかりました。

後者の価値を重視する企業もあります。

 これは、その企業が「どういう会社でありたいか」に左右されると思っています。

 私はサイバーエージェントとDeNAという2つの会社に在籍していました。両者のカルチャーは正反対と言ってもいいと思います。サイバーエージェントは人の結び付きを強くするためのルールがたくさんあります。例えば会社の最寄り駅から2駅以内に住んだら家賃補助を出すというのもそうでしょう。休日でもともに過ごす大学のサークルのような雰囲気でしょうか。根にあるのが営業文化で、人と人のコミュニケーションを大事にして、交渉を重視している。

 逆にDeNAはパフォーマンス重視の外資系に近いルールを採用しています。プロダクトドリブンの会社なんですね。もともと、(BtoC領域が多いことから)ユーザーとすぐに話ができる会社ではありません。

 緊急事態宣言が解除された後、サイバーエージェントは、リモートワークから原則として出社というルールに移行しました(編集部注:同社は週に1度のリモートワークデーを設けている)。逆にDeNAは原則リモートワークを続けていると聞いています。つまり、会社が目指す方向性や強みによって、オフィスにどんな機能を求めるかが全然違ってくると考えています。

 我々はプロダクトドリブンの会社です。営業やカスタマーサクセスといった、コミュニケーションが必要な部署ももちろん重視していますが、むしろこの2つに関しても「オンラインでお願いしたい」という顧客からの声が増えていることから、リモートワークをこれからも続けることにしました。

確認ですが、物理的な場所としてのオフィスはもう不要だと。

 そう考えています。

どうしても会って話さなければならないことや、物理的な作業が発生することはありませんか?

 ありません。

 うちには、物理的な作業がほぼないんですよ。郵便物は来るので、これまではバックオフィス部門の社員が振り分けていましたが、今後は転送サービスを使おうと考えています。

 創業以来、資料を印刷したこともありませんし……。

 当社はデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいて、全ての情報がクラウドにアップされています。それは、コロナ以前から重視している「情報の透明性」を担保するためです。もともとやっていたので、弊害はありませんでした。

ブレインストーミングやワークショップの場所としても必要ありませんか?

 そうですね、必要ないですね……。