過去に何度も氾濫して水害をもたらしてきた熊本県の球磨川。直近の半世紀ほどの間だけでも10回近い被害が生じている。それだけに、川沿いの自治体の多くは「タイムライン」と呼ぶ防災行動計画を作って備えてきた。災害時の状況を事前に想定し、いつ、誰が、何をするのか、時系列で整理したものだ。
中でも人吉市はタイムラインの先進地だった。2016年から球磨川の水害を対象としたタイムラインを運用。20年6月には、球磨川の支流となる県管理の6河川と約270カ所の土砂災害警戒区域も対象に加えた「マルチハザードタイムライン」を全国で初めて作成。7月に試験運用を始めたばかりだった。
市はタイムラインに沿って対応したものの、19人が亡くなった。詳細な検証はこれからだが、7月4日未明の球磨川の急激な水位上昇が被害を拡大させた可能性が高い。
タイムラインをそれぞれ運用する人吉市と八代市、球磨村は前日3日の午後4時、国土交通省八代河川国道事務所と気象台を加えてオンライン会議を開いている。「300~400mmの雨が予想されるので注意しようと、気象台から説明があった」。八代河川国道事務所調査課の山口広喜課長はこう証言する。
人吉市の上流域では、4日までの2日間でタイムラインが想定した80年に1度の規模に近い計420mmの雨を観測。さらに、想定を上回る時間雨量60mm超の豪雨で球磨川の水位が急上昇し、シナリオが狂った。
人吉市のタイムラインでは、球磨川が避難判断水位に達した時点で避難勧告や指示を出すことになっていた。これにより、住民は被害発生の4時間半ほど前に避難を始められるはずだった。
球磨川が避難判断水位に到達したのは4日午前3時30分。市が未明の避難指示をためらうなか、事態は刻々と悪化した。
市が全域に避難指示を出したのは午前5時15分。国交省が市内で氾濫を確認した午前6時30分のわずか1時間ほど前だった。タイムラインでは計画高水位を超えた午前5時50分には住民の避難が完了する計画だったが、午前6時時点で避難所に来た住民は200人足らずだった。