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 2020年7月4日に球磨川周辺で生じた水害では、水防災対策事業によりかさ上げされた地盤の上に立つ住宅などが浸水した。水防災対策とは、連続堤防を築いて住宅などを守る代わりに、宅地をかさ上げしたり、住宅地の周りを輪中堤で囲って浸水を防いだりする治水対策の手法だ。建物の集積密度が高くない場所で使われる。

球磨川での水防災対策事業でかさ上げされた地盤上に立つ熊本県球磨村一勝地地区の住宅。2020年7月18日撮影(写真:日経クロステック)
球磨川での水防災対策事業でかさ上げされた地盤上に立つ熊本県球磨村一勝地地区の住宅。2020年7月18日撮影(写真:日経クロステック)
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 水防災対策を実施した場所で、地盤から5m程度の高さまで浸水した地区もあると報じられている。高い地盤の上に移築または新築した住宅が場所によっては2階の高さまで水没したわけだ。被災例の一部は、「床上浸水を防ぎ切れなかった地盤のかさ上げとピロティ建築」でも紹介している。

相野谷川の水防災対策箇所での被災

 水防災対策事業を実施した場所の被災は球磨川が初めてではない。11年9月の紀伊半島豪雨では、三重県紀宝町を流れる熊野川支川の相野谷川(おのだにがわ)沿いで水防災対策の実施箇所が水没している。この豪雨の際には熊野川の基本高水のピーク流量(毎秒1万9000m3)を約3割上回る毎秒2万5000m3の流量が相賀基準点で観測され、これに伴うバックウオーターの影響で相野谷川でも大きな被害が発生した。

 下の写真はその際の相野谷川高岡地区の被災状況だ。右側に立つ高さ4.9mの壁が輪中堤で、その左側に一体となった塊のように見える部分が堤防脇の管理用通路だ。輪中堤は集落を山側の部分を除いた三方から囲む形で設けていた。道路と交差する部分には陸閘(りっこう)があり、洪水時にはその門扉が閉ざされる。11年の豪雨の際にはこの輪中堤を乗り越えて内側がどっぷりと水に漬かった。

相野谷川沿いの左岸側に立つ高岡地区の輪中堤が壊れた現場。輪中の中に水がたまった状態で川側の水位が下がった際に直立壁の一部が川側に転倒してこのような状態になった。右側の相野谷川の水面が見える部分には転倒した輪中堤があった(写真:国土交通省近畿地方整備局)
相野谷川沿いの左岸側に立つ高岡地区の輪中堤が壊れた現場。輪中の中に水がたまった状態で川側の水位が下がった際に直立壁の一部が川側に転倒してこのような状態になった。右側の相野谷川の水面が見える部分には転倒した輪中堤があった(写真:国土交通省近畿地方整備局)
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 その後高岡地区では輪中堤の復旧が行われ、高さも1.2mかさ上げされた。下の写真は輪中堤を通過する道路に設けられた陸閘だ。11年の水害を受けて、コンクリートの上側の白っぽく見える部分を継ぎ足した。

高岡地区の輪中堤上に設けられた高さ約4.7mの高岡第一陸閘。輪中の下流側の出口に当たる。3.5m程度の高さだった陸閘の上部を削った上で継ぎ足した。2020年7月27日撮影(写真:水源地環境センター)
高岡地区の輪中堤上に設けられた高さ約4.7mの高岡第一陸閘。輪中の下流側の出口に当たる。3.5m程度の高さだった陸閘の上部を削った上で継ぎ足した。2020年7月27日撮影(写真:水源地環境センター)
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 筆者は20年7月末に現地を訪れた。11年の洪水から9年近くの年月がたっているが、輪中堤の上から堤内側を眺めると時が止まったように感じる。輪中堤付近のある住宅は2階の壁の一部が剥がれていた。2階の窓に被災の跡が残ったままの住宅も見られた。

高岡地区にある輪中堤の管理用通路の上に立って上流側を眺めたところ。左側のパラペットの向こう側は相野谷川。右側の住宅は2011年の洪水で被災したときの状態のまま。人が住んでいる様子がない建物が大部分となっている。2020年7月27日撮影(写真:水源地環境センター)
高岡地区にある輪中堤の管理用通路の上に立って上流側を眺めたところ。左側のパラペットの向こう側は相野谷川。右側の住宅は2011年の洪水で被災したときの状態のまま。人が住んでいる様子がない建物が大部分となっている。2020年7月27日撮影(写真:水源地環境センター)
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 高岡地区には05年の国勢調査ベースで30世帯41人が住んでいたとのことだが、20年7月に訪れた際に地元で聞いた話によれば、現在人が住んでいる建物は2、3軒だ。

高岡地区の輪中堤内の建物の1つ。屋根は壊れたままの状態。2020年7月27日撮影(写真:水源地環境センター)
高岡地区の輪中堤内の建物の1つ。屋根は壊れたままの状態。2020年7月27日撮影(写真:水源地環境センター)
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