自動車のライフサイクル全体で二酸化炭素(CO2)排出量を評価するLCA(Life Cycle Assessment)規制――。欧州製電池の競争力を高める狙いがある一方、エンジン車の比率が高止まりする可能性がある。欧州の雇用を守れたとしても、地球温暖化対策の象徴である「パリ協定」の達成がおぼつかなくなるのはまずい。欧州がエンジン車のカーボンニュートラル(炭素中立)†化を実現するための切り札として着目したのが、グリーン水素(H2)だった。
グリーン水素の使い道として最有力候補と言えるのが、H2とCO2の合成液体燃料「e-fuel」である(図1)。グリーン水素からe-fuelを生成し、石油由来のディーゼル燃料とガソリン燃料を代替する構想だ。エンジン車の燃料をe-fuelに置き換えて、LCAのCO2排出量のうち大半を占める走行分を実質ゼロにする。
e-fuelを使えば既存のエンジンや給油インフラを基本的に流用できて、エンジン工場などを維持して雇用を守れる利点もある。さらにe-fuel生成工場の新設に伴い雇用を生み出せる。
LCA規制とe-fuelの組み合わせは、米国へのけん制にもなる。大容量電池を積むEVほど、LCA規制で不利になるからだ。大容量電池を搭載した高級EVで、欧州高級車メーカーの牙城を切り崩しにかかる米Tesla(テスラ)の台頭を押さえ込む1)。Teslaにはエンジン車がなく、e-fuelを活用できないことも欧州メーカーを優位にする。
いずれは電池搭載量が少なくLCAで不利にならない大衆車はEV、高級車はe-fuelを利用したディーゼルエンジンと使い分けたい構想なのだろう2)。
トヨタ自動車をはじめとする日本企業が強い大衆車市場は、欧州が日本に先行するEVを残して優位性を維持する。一方、これまで欧州自動車メーカーの独壇場で収益の源泉だった高級車市場は、e-fuelを使いディーゼルエンジンを残してTeslaを退ける。
欧州のグリーン水素戦略の鍵を握るe-fuel。課題は生成コストが高い上に、誰が投資して生産体制を築くのかはっきりしないことだ。現状は生成効率が低く、化石由来燃料に比べてコストは10倍近いとの試算がある。燃料会社に生産の担い手として期待が集まるが、費用対効果が未知数で、大型投資に踏み切るかどうか分からない。