全1846文字
PR

 マスクやファン付き作業着の着用と熱中症をもたらす体温上昇との間にどのような関係が認められるのか。そして、その結果からはどのような分析が得られるのか――。実験計画に助言した早稲田大学人間科学学術院体温・体液研究室の永島計教授の考察を交えながら解説する。

 本特集の初回の記事で述べた通り、国はマスクの着用が熱中症のリスクを高めると通知。それに沿う格好で自治体なども「マスク熱中症」などとマスクと熱中症を結び付け、夏場の作業ではマスクを外すよう呼びかけている。

 ところが、今回の実験ではマスクを装着した場合に体温が上がりやすくなるという明確な関係は見いだせなかった。そこで、マスクのリスクを周知するよう訴えている国に、その理由を尋ねてみた。

 すると意外にも、マスクの着用と熱中症をもたらす深部体温の上昇との間に有意な関係があるという知見は「ない」という回答が返ってきたのだ。

環境省などがマスクによる熱中症リスクを認める背景となった論文。ただし、作業時などにおけるマスク装着と深部体温の上昇との有意な関係は認められていない(写真:日経クロステック)
環境省などがマスクによる熱中症リスクを認める背景となった論文。ただし、作業時などにおけるマスク装着と深部体温の上昇との有意な関係は認められていない(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 都道府県などに熱中症予防行動の周知を求めた文書を、2020年5月に厚生労働省とともに発表した環境省環境安全課の石橋七生主査は、その意図を次のように説明する。「既往の研究では、マスク装着による深部体温の有意な上昇を認める知見はない。ただ、マスク装着時に呼吸回数や心拍数、体内の二酸化炭素が増えるというデータがある。体に一定の負荷がかかり、熱中症リスクが増すと判断した」

 しかし、今回の実験計画に助言した早稲田大学体温・体液研究室の永島計教授は、この判断に異を唱える。「吐き出した息がマスクにたまる量は、吸い込む量の1割にも満たない。少なくとも気密性がそれほど高くない一般的なマスクを付けて普通の作業をする程度で、血中の酸素濃度が下がるとは考えられない」

早稲田大学人間科学学術院体温・体液研究室の永島計教授。1960年兵庫県生まれ。85年に京都府立医科大学医学部医学科卒業、95年に同大学大学院医学研究科修了。イエール大学医学部ピアス研究所ポスドク研究員や王立ノースショア病院オーバーシーフェローなどを経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授。生理学を専門とする。日本スポーツ協会公認スポーツドクターでもある(写真:日経クロステック)
早稲田大学人間科学学術院体温・体液研究室の永島計教授。1960年兵庫県生まれ。85年に京都府立医科大学医学部医学科卒業、95年に同大学大学院医学研究科修了。イエール大学医学部ピアス研究所ポスドク研究員や王立ノースショア病院オーバーシーフェローなどを経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授。生理学を専門とする。日本スポーツ協会公認スポーツドクターでもある(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 永島教授は、一般的なマスクがそれほど呼吸抵抗を増大させるとも考えにくいと指摘。そのうえで、こう疑問を呈する。「今回の実験では、マスクやフェースシールドの着用の有無と体温上昇に明確な関係は認められなかった。既往研究にも体温上昇との関係を示すデータや知見が見当たらないにもかかわらず、マスクと熱中症を短絡させてよいものか」