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 R&D(研究開発)におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が思うように進んでいないと感じている製造業従事者は多いのではないか。自動車業界を中心としたMBD(Model Based Development)などにより、内容高度化と対象領域拡大の両面でDXの掛け声が大きくなっているにも関わらず、である。その理由は大きく3つある。

R&D DXの進展が思わしくない理由
R&D DXの進展が思わしくない理由
(出所:アーサー・ディ・リトル・ジャパン)
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 1つめは、デジタル技術利用者の認識・歩調が合っていないことである。例としては以下のようなことが挙げられる。

  • 開発初期の企画・構想段階にて、どのようなシミュレーションを行い、どこまで完成度を上げるべきかの認識が、社内各部署や各技術者で異なっている
  • 3次元(3D)データの有効性や活用範囲の認識が、完成品メーカーやサプライヤーなど取引先間で異なっている
  • 研究において、データベースのみにデジタル技術を活用するのか、それとも業務を標準化して業務プロセスにも活用するのか、標準化する場合はどこまで標準化するのか、の認識が各研究員で異なっている

 2つめは、オペレーションへのデジタル技術活用が中心で、クリエーティブな業務に活用しきれていないことである。例としては、以下のようなことが挙げられる。

  • 開発においてデジタル技術を活用しているのは主に図面の作製完了後の図面管理であり、設計の課題抽出や解決に直接役立つ使い方はしていない
  • 開発においてシミュレーションを活用し、考案した技術課題解決案の評価にはデジタル技術を活用しているが、案の創出には活用していない
  • 開発および研究のアイデア出しや評価におけるデジタル技術の活用は情報の検索が主であり、プロセスに踏み込んだ活用は行っていない

 3つめは、R&D DX推進への利用者の巻き込みが不足していることである。例としては、以下のようなことが挙げられる。

  • 推進担当はデジタル技術に精通している情報システム担当のみで、現場の開発者は簡単なインタビューを受ける程度しか関与しておらず、付帯的な業務の活用検討にとどまっている
  • 推進担当に開発者も含まれているが、デジタル技術に比較的精通している若手や、開発プロジェクトへの参画があまりなく工数的に余裕がある開発者が担当しており、自社のR&Dの要諦を外した検討になっている
  • 推進担当は各研究開発領域のエースがアサインされ、そうそうたる顔ぶれになっているが、工数の手当てがされていないために多忙なエースが集まることはなく、活動は停滞している

 このような状況に陥っていない企業では、R&D DXを開発実務と同等の重要事項と位置付け、エースの工数を確保し、リサーチやアドバイザリーの費用を投入した上で、推進している。その際、まず行っていることは、デジタル技術により実現する先進的なR&Dの全体像のデザインである。この全体像で関係者の認識を合わせながら活動を進めていく。

改革には10年かかる?

 あるべきR&D DXに対して、まずは、「実験を置き換えるシミュレーションや、現象を予測する計算機の導入」という意識を捨てる。「作って試すやり方から考えて試すやり方への開発業務プロセスの変革である」と意識を変革する。

 業務プロセスの変革であるので、単に新たなツールを導入すれば明日には変革が完了、というものではない。恐らく、変革を済ませて恒常的に成果を享受できるようになるまでに10年近い期間が必要になる。

 多くのCAE導入ベンダーやツールベンダーが言わない不都合な事実だが、欧州の自動車メーカーをはじめ先進的なR&D DXを導入してきた企業の方々とのディスカッションや、当社の支援経験を踏まえても、初期の導入・プロセスの変革とリバイス、そして開発者たちの意識と行動の変革が達成されるまでには、振り返れば10年ぐらいの時間がかかっていた、というのが実情である。

 山の高さに足がすくむところだが、時間がかかるからこそ少しでも早く着手し進めることが重要だ。また、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響でリモートワーク導入が促進される現在、既に課題が見えていた開発における大部屋開発でのすり合わせ基調の進め方の変革が加速することも考えられる。

 宇宙産業などと並び比較的デジタル化に対して動きの早い自動車開発において、従来の開発からデジタル開発への変革は、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)に代表される搭載テクノロジーの変化も相まって、まさに今成果を出している企業とキャッチアップ企業での開発における差が現れ始めている。

自動車開発における従来の開発からデジタル開発への変革
自動車開発における従来の開発からデジタル開発への変革
(出所:アーサー・ディ・リトル・ジャパン)
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 既に先達の試行錯誤の成果をうまく生かしキャッチアップしていくためにも、あるべきR&D DX活用の姿のゴールを描き、ステップ・バイ・ステップで進めていくことが重要だ。