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 本連載の第2回、第3回では、最終製品におけるソフトウエアへの付加価値移転と、大規模なソフトウエア開発への対応について解説しました。ただし、R&Dにおけるデジタルトランスフォーメーション(DX)はソフトウエア開発でのみ進行しているわけではありません。特に自動車開発におけるMBD(Model Based Development)の導入は、ハードウエアも含めた開発プロセス全体を大きく変革しつつあります。

 そこで今回は、特にMBDの導入が進んでいる、欧州の自動車開発プロセスについて紹介します。

設計と試作/評価を全てバーチャルで

 初めに、自動車開発プロセスの基本的な流れについて説明します。自動車開発は図1のように、設計フェーズと試作/評価フェーズの2つに大別されます。

図1 自動車開発のV字プロセス
図1 自動車開発のV字プロセス
(出所:アーサー・ディ・リトル・ジャパン)
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 設計フェーズでは、まず市場/ユーザーからの要求を考慮して車両1台トータルの目標性能/仕様を検討し、続いてそれと整合するようにエンジンやシャシーといった各システムの目標性能/仕様を設計、次に各システムの構成要素であるサブシステム/部品を設計、という形で、全体から個別の構成要素へとブレークダウンしながら設計を進めていきます。

 一方、試作/評価フェーズの流れはその逆となり、設計に基づいて個別の部品から試作/評価を行い、想定と食い違いがないことが確認できれば部品を組み上げてサブシステムとしての評価を実施、さらにサブシステムを組み上げてシステムの評価、という形で最終的に車両1台としてのテストへ進んでいきます。

 この設計と試作/評価のループを何度か回すことで完成度を高めていくことになりますが、実際は現在3万点といわれている部品同士の整合や、燃費/ドライバビリティー/静粛性/衝突安全性といった性能間の背反を解決して目標性能の達成へ導くことが必要となります。これが「自動車開発の肝はすり合わせ」といわれるゆえんです。

 従来は実際にプロトタイプを作って“実機”で設計と試作/評価のループを回していましたが、近年はCAE(Computer Aided Engineering)の進化と普及によりループの一部あるいは全てを“バーチャル”で代替するMBDが急速に進展しています。

 具体的には、車両全体の性能検証である「Validation」と、システム/サブシステムレベルの性能検証である「Verification」という2つの階層でMBDが実用化されています。Validationでは、初期の設計思想に基づき各システムのシミュレーションモデルを構築し、連携させることで個別システムの振る舞いに加えて車両1台としての性能(燃費など)の検証に用いられています。Verificationでは、SILS(Software in the Loop Simulation)/MILS(Model in the Loop Simulation)といった手法との組み合わせにより、サブシステム/部品レベルのより詳細な形状差に伴う性能変化のシミュレーションに活用されています。

 日系自動車OEMは比較的、詳細設計時の実験代替としてVerificationにおけるCAE導入を重視する傾向があります。一方、欧州自動車OEMは初期の車両企画が本当に正しいかどうかを早期にジャッジするためのVerificationに重きを置いています。ドイツのある自動車OEMは当社のインタビューに対し、「企画時点で設定した目標性能の検証は、試作/評価の前にCAEでほぼ完了できている」と述べています。

 以前は、実物で試験を行うことが最も正しいとする“現物主義”が大勢を占めていました。近年は問題点を要素ごとに分解し、体系的に理解できるという点でバーチャル開発の方が優れていると考えるケースが増えているとのことです。