全3759文字
PR

 セカンドシーズンも絶好調の「第三営業部」。かつて日経ソリューションビジネスに連載され、大好評を博した伝説の小説が日経クロステックでよみがえる。今回はその第19話。詐欺や裏切り、顧客のハラスメント、プロマネの失踪、そしてライバル企業の陰謀などIT業界の厳しい現実の中で奮闘するITベンダーの営業担当者の姿を描く。技術者にも参考になる「提案の極意」がここにある。

 「あの一件は水に流す」。顧客からその言葉が出たとき、受注が決まりました。新任の根積課長の大失態は、担当営業の猫柳君の営業根性でリカバリーすることができました。意気揚々と戻ってくる猫柳君。一方、開発部から見積もりを拒否されていた坊津君の案件も、開発二課の松本課長が見積もりを引き受けてくれることになり、一歩前進に見えましたが……。

「ただいま!」
 営業部のドアが開いて勢いよく猫柳君が帰ってきたのは、夜の9時を少し回ったころでした。
「やりました、ブルドッグ受注です! 契約書持ってこいって!」。部屋中に聞こえるような声で両こぶしを突き出して叫んだとき、オフィスには分厚い書類と格闘している根積課長しかいませんでした。

「あ、そうですか。ま、私が同行したのですから、当然ですね」
「あ、ああ。あのですね……」。猫柳君は根積課長の席に気色ばんで迫りました。
「古戸社長が会ってくれなくなったのは、あなたのせいだったんですよ!」
「いったい何の話ですか? 前回の折衝では古戸社長はご機嫌だったじゃないですか? 他人の責任にしてはいけませんよ、猫柳さん」

「あの、その、えっと……」
 目を合わそうともしないで平然と言い放つ根積課長を見て、『本当に腹が立つと人間は言葉が出てこないもんなんだ』と思いながら言葉を探す猫柳君です。

「お、猫柳。おめでとう」。そこに現れたのは中田部長でした。
「ああっ! 中田部長、お帰りなさい! 日本に帰っていらしたんですね」
「どうした? 猫柳。ブルドッグさん、受注できたんだろ? あっちの部屋まで聞こえたぞ。何をそんなに怒ってるんだ?」
「もう、そもそも部長がアメリカに行ってるから、こんなことに……」

「猫柳さん、おめでとうございます」
 コーヒーを片手に割り込んできたのは、リエピーこと後藤さんと桜井君でした。
「猫柳、大変な交渉をしてきたようだな。顔に書いてあるぞ」と中田部長。
「部長、とりあえず報告を聞いてください」

「ん。簡単な話ではないようだな、分かった、聞こう。でも今日はもう遅い。軽くやりながらでどうだ。祝杯だし、俺も久しぶりに日本酒が飲みたいね」
「あ、そうだ! 部長は帰国したところだったんですよね。お疲れでしょうから明日にしましょう」
「ダメダメ。こういうのは当日じゃないとね。桜井、リエピーも来るか?」

「今、楽多を辞めたSEに連絡を取ってるんで……」
「うむ、状況は?」
「あと1人で終了です! でもアタシが掛けて、奥さんが出るとヤバイ雰囲気になるんですよ。あはは」

「じゃあ、ひと段落したら来なさい。いつもの居酒屋にいるから。根積課長はどうですか?」
『あっ。だめだよ。根積さんの悪事を報告できなくなっちゃうよ……』。猫柳君が止める間もなく、書類にうずもれている根積課長にも声をかけた中田部長でした。
「いえいえ、私はまだまだ作業がありますので。どうぞ、皆さんで」

『年上だからって、部長の誘いを顔も上げず断るなんて本当に失礼なやつだ。あんたのやったことを部長に言いつけてやるんだ』。そう猫柳君は思いました。
「そうですか、頑張ってください。ところで根積課長、坊津を知りませんか?」
「彼なら会議室にこもってますよ」
「そうですか、じゃ放っておきましょう」

『いつもは全員に声をかけるのに、どうして坊津さんを放っておくのだろう』といぶかしく思った猫柳君でしたが、根積課長が来なくてホッとした気持ちがそれをかき消しました。