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 ファイナルシーズンに突入した「第三営業部」。かつて日経ソリューションビジネスに連載され、大好評を博した伝説の小説が日経クロステックでよみがえる。今回はその第32話。詐欺や裏切り、顧客のハラスメント、プロマネの失踪、そしてライバル企業の陰謀などIT業界の厳しい現実の中で奮闘するITベンダーの営業担当者の姿を描く。技術者にも参考になる「提案の極意」がここにある。

 第三事業部の坊津君たちが火消しに奔走する失敗プロジェクトは、もともと第一事業部の不始末です。2億円の案件で4000万円もの値引きを受け入れた挙句、仕様確定でも問題が発生したようです。今回は、この失敗案件の“誕生秘話”の続きです。一方、りえぴーこと後藤さんたちの担当案件でも無理難題を要求され、このままでは大幅値引きが避けられそうもありません。

 その日は朝から雨でした。一日中、雨が降り続くじめじめした5月末の空の下、営業担当の鮫島部長がラビット製薬に到着したのはもう夕暮れでした。

「で、進捗どうなの? 岩志課長」
「ええ、けっこう遅れてます。」
『結構遅れてるって、なんて無責任な言い方だろう』
 40歳前なのに、長髪でネクタイもせずスリッパを履いて出てきた岩志課長を苦々しく思う鮫島部長です。

「遅れてるって、どれくらい?」

 自動販売機コーナーでパイプ椅子に座りました。今日は19時からラビット製薬との月例進捗会議。鮫島部長は1時間前に来て、プロジェクトマネジャーの岩志課長と報告内容のすり合わせです。こちらが一枚岩になっていないと、客につけこまれる原因になるからと、鯨井第一事業部長の指示でやって来ました。

「3カ月くらいです、かね」窓の外を見ながら答える岩志課長です。
「3カ月って……なにかの冗談か? プロジェクト始まって2カ月ですよ。寝てても、2カ月しか遅れないんですよ。どうしてバックするの。悪い冗談でしょう!」
「そんなに言われても……」岩志課長はプイと横を向き、すねた様子を隠そうともしません。
「意味が分かんないよ。ちゃんと説明してよ」
「根拠はこれです」バサッとおかれた資料は、この2カ月間で岩志課長が作ったものでした。

「お客さんの言う通りに仕様を書いていったら、膨らんじゃって……」
「膨らんじゃったって……」鮫島部長は気づきました。確かに38歳の彼はプロジェクトマネジャーの経験が豊富です。いくつも大規模プロジェクトに参画してきた経験が買われ、今回抜擢されたのです。しかしよく考えると、どれもこれも2次請負ばかりでした。

「ちょっと聞くけど仕様が膨らむってことは……」
「売り上げ増、ですよね。今までそうでしたけど」
 言い知れぬ絶望感が鮫島部長を包み始めました。
「今回の契約形態を知ってるのかい?」
「自分はあまりそういうこと知りませんから。いつも営業さんでやってもらってるし、えへへ」

『こいつはこの手のSEだったんだ』派遣どっぷりで、客の言うことを仕様にするSEのことです。契約相手がSI会社なら、それでもいいかもしれませんが、ユーザー直でこんなことをしていては、「2カ月たったら3カ月遅延」も十分あり得る話です。