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 「第三営業部」は今回の第35話でいよいよあと2回。かつて日経ソリューションビジネスに連載され、大好評を博した伝説の小説が、まもなく日経クロステックでもフィナーレを迎える。詐欺や裏切り、顧客のハラスメント、プロマネの失踪、そしてライバル企業の陰謀などIT業界の厳しい現実の中で奮闘するITベンダーの営業担当者の姿を描く。技術者にも参考になる「提案の極意」がここにある。

 北北工業と城南大学の案件は両者の癒着が判明したため、中田第三事業部長の判断で商談を打ち切りました。残る問題案件のラビット製薬のプロジェクトは、愛須課長と坊津君らの頑張りで、ユーザーとの関係改善にこぎ着けます。そんな矢先、過労がたたり愛須課長が倒れてしまいました。さらに上層部では、第三営業部の生みの親、加納副社長に危機が迫ります。

「では、これにて役員会を閉会します。なにかほかに議題はありませんか?」
 それは、決算数値の最終打ち合わせが終了した3月最後の役員会でのことです。会議終了の合図に社長がそう言ったとき、1人の役員が手を挙げました。

「社長、準備された議題にはありませんが、緊急性があると思いまして提案がございます。よろしいですか」
「なんだね、宇尾野専務」
「品質管理担当役員といたしまして申し上げます」

 宇尾野専務は楕円形の会議卓に座った8人の役員の顔をぐるりと見回すと、こう言いました。
「今月末日、今週の金曜日をもって当社SE全員をラビット製薬から撤退させることを提案します」
 加納副社長は驚きました。カットオーバー目前にして、それも全面撤退とは。

「ええ、品質管理担当役員といたしましては、これ以上の負担はいかがかと思います」
 こいつはなにを言い出すのだろう。加納副社長は訝しく思いましたが、次の瞬間、すべてが分かりました。
「いまからラビット製薬における品質管理レポートをお渡しします。これを作成したのは、担当事業部長である鯨井さんです」


 宇尾野専務が、投資会社を通じて当社を一部上場の大手ソフト開発会社、エンペラーソフトへ売却するという話を持ってきたのはちょうど1年前。加納副社長率いる反対派と激しい対立の結果、先送りになったことは、役員会のメンバーの記憶にも新しいところです。

 当社は、オーナーである社長が株式の過半数を持ち、残りを社長の親族と役員が持つという典型的なオーナー企業です。社長親族名義というのは、もちろんすべて社長の持ち分であり、合計で8割程度。その何割かを売却し、さらにエンペラーソフトに割り当て増資を行い、過半数を持たせ経営権の譲渡、という筋書きでした。

「上場企業であるエンペラーソフト傘下に入ることで、経営は安定し社員も安心して働けることでしょう」
 宇尾野専務の出身は、エンペラーソフトの大口発注元でもあるジャパン電気です。おそらく、身売りすることで、いくらかの特別ボーナスが彼の懐に入り、整理人事の後も居座るという寸法でしょう。