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 あの「第三営業部」が帰ってきた。かつて日経ソリューションビジネスに連載され、大好評を博した伝説の小説を日経クロステックに再掲する。今回は第5話。詐欺や裏切り、顧客のハラスメント、プロマネの失踪、そしてライバル企業の陰謀などIT業界の厳しい現実の中で奮闘するITベンダーの営業担当者の姿を描く。技術者にも参考になる「提案の極意」がここにある。

 中田課長の指示で、桜井君に同行し菅原機械を訪問した内藤主任ですが、菅原機械の専務と桜井君との親密ぶりに驚きます。しかも1時間、世間話ばかりで仕事の話は一切なし。内藤主任の混乱は深まるばかりです。トイレのため席を立った専務は、競合する琵琶通の提案書を机の上に残します。「見てはイカンぞ」と言われても、見ようとする桜井君。それを止めようとした内藤主任ですが……。

 専務がハンカチで手を拭きながら部屋に戻ってきたとき、すでに書類は机の上に戻されていました。

「あー、すっきりしたなあ。君たち、まさか、この書類見てないだろうね?」
「もちろんですよ。専務。なにおっしゃってるんですか。では、僕たちはこれで失礼します」
「そうか、じゃ、また遊びに来てくれ。待ってるよ」

 桜井君はさっさと帰ろうとします。専務もいすに座ることもなく、部屋の外に出てしまいました。急いでエレベータホールまで専務の後を追う2人でした。

「では、ここでな」
「ありがとうございました」
「来週の提案、期待しているよ」
「必ずご期待にお応えいたします」
「契約しないと、またサクちゃんと飲みにいけんからな。あっはっは」
「いえいえ、失注いたしましても是非お誘いください。僕と専務の仲じゃないですか、そんな水臭いこと言わないでくださいよ」
「わははは、とにかく仕事、取れよ」
「はい、では失礼いたします」


 電車に乗った2人は小声で話し始めました。
「結局、琵琶通の見積もり、見ちゃったね。それどころか提案範囲や詳細部分まできっちりノートに写して……良かったのかい。サクちゃん」

「主任は専務のハンカチ、見ましたか?」
「えっ? 何、ハンカチ?」
「部屋に戻ってきたときのハンカチですよ。全く濡れてなかったでしょ」
「あ、いや、見てなかった……」
 日頃はぼーっとしているように見える桜井君ですが、その観察力に内藤主任は驚きました。

「トイレには行ってなかったんです。多分」
「え? そうだったのか。でも、どうして……」
「どうして競合の見積もりを見せてくれたのか? それは僕も分かりません。なんか気に入ってくれたんです」
「うーん……」と腕を組み、首をかしげる内藤主任です。

「でも、人間はいきなり仲良くなれるものかい。サクちゃんは何回専務と会ったんだい? 今日で何回目?」
「えーっと、5回目……かな」
「最初は? 何がきっかけ?」
「先月のセミナーですね。申し込みがあったのですが、欠席されたのでレジメを届けに行ったんです」
「それだけで? 本当にそれだけかい?」
「うーん、あとはずっと世間話ですね」
「むむ」と言っただけで黙り込む内藤主任です。