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 あの「第三営業部」が帰ってきた。かつて日経ソリューションビジネスに連載され、大好評を博した伝説の小説を日経クロステックに再掲する。今回は第8話。詐欺や裏切り、顧客のハラスメント、プロマネの失踪、そしてライバル企業の陰謀などIT業界の厳しい現実の中で奮闘するITベンダーの営業担当者の姿を描く。技術者にも参考になる「提案の極意」がここにある。

 新人の後藤さんの営業に中田課長が同行した、まさにその時、坊津君と猫柳君には事件が持ち上がっていました。平成スタッフの広石課長が突然、2人を呼び出し、翌日までに見積もりの概算を出してほしいと言い出したのです。この案件は2人が開拓し、第三営業部にとって初受注になるかもしれない重要な案件です。二つ返事で引き受けた坊津君ですが、猫柳君は心配でたまりません。

「どうするんですか? 坊津先輩! あんな約束しちゃって」
「うるせえ、断るわけにいかんだろうが。あの場でできませんなんて言えねえよ。どっこいしょっと」
 行きがかり上、明日までに見積もりを提出すると約束してしまった坊津君と猫柳君ですが、どうしていいのか分からず、駅のベンチで座り込んでしまいました。

「SEに見積もり頼めるんですか……もう4時ですよ」
「……」
「もう! どうするんですかっ!」
「なんで怒るんだよー、ネコ。俺もどうしていいか分かんないよう……」
「やっぱり、課長に相談しますか」
「そうだな、あっ、今日はゴリエと同行してるよ」
「ケータイに電話してみましょう」
 猫柳君に促され、坊津君は携帯電話を取り出しました。

「あ、課長、お疲れ様です。実は、いま平成スタッフの近くの駅なんですが、かくかくしかじかで……」
 事の顛末を説明する坊津君です。
「うーん……」しばらくの沈黙の後、「とりあえずそこにいろ。俺から連絡があるまで、じっとしてるんだぞ」そう言って中田課長は電話を切りました。

「うぇ? あ、待ってください……あーあ。切っちゃったよ」
「先輩、どうでした?」 心配そうに猫柳君が聞きました。
「ここいろって……」
「なんですか? それ?」
「なんか分かんないけど、ここにいよう。課長たちは電車の中だったみたいだし」
「じゃ、降りたら電話くれますね。僕、コーヒーでも買ってきまーす」
 2人は夕暮れの駅で電話を待つことにしました。


「課長、いまの電話、坊津先輩じゃないんですか?」
 こちらは電車の中のリエピーと中田課長です。
「うむ。また難題だ」
「どうしたんですか?」
「君はいい。それよりオフィスまでどれくらいだ?」
「1時間くらいですかね。まあ、なんだか分かんないけど、ほんと坊津先輩はおっちょこちょいですからね、あたしのほうが先に受注しちゃいますよ、えへへっ」

 彼女の明るさに少し救われたような気がした中田課長です。電車は地下に入り携帯電話の電波は届かなくなりました。


「遅いですね。課長」
「そうだな。もう1時間以上たつぞ」
「なにやってるんでしょうね」
「あきれて、見捨てた、とか」
「うそですよー。でも見捨てたとしたら先輩の安請け合いが原因で、課長怒ったんですよ」
「さっきから圏外だしなあ……」
 不安そうに2人が話をしていると、坊津君の携帯電話の着メロがなりました。

「あ、課長のケータイだ。もしもーし、待ってました、課長、助けてくださいよー」
「えへへー、課長じゃないです、リエピーでーす」
「バカヤロー! ゴリエ、ふざけてんじゃねーよ」

「もしもし、中田です。ごめん、ごめん。後藤が無理やり……」
「もう課長、勘弁して下さいよー。で、見積もりなんですけど、どうしたらよいでしょうか? 課長の指示を待ってるうちに、もう5時過ぎですよ」
「なんで俺に聞くんだ」
「え? だって……」