
企業名:東レ
原材料:ポリアミド
低濃度の塩湖水からでも低コストでリチウム(Li)を回収できる─。Liイオン二次電池をはじめとして需要増加が見込まれるLiの生産効率化に貢献しそうな材料「超高透水性NF膜」を東レが開発した(図1)。
NF膜(ナノろ過膜)は液体をろ過する水処理膜の一種だ。新開発したNF膜(以下、新NF膜)は、水に溶けた状態で0.76nmというLiイオン(1価イオン)は通すが、0.85nmのコバルト(Co)などの2価イオンは通さないという高い選択分離性を持つ。加えて、従来のNF膜に比べ、透水性を約3倍に高めてろ過に必要となるエネルギーも低減している。
孔の直径のばらつきを小さく
水処理膜にはnmオーダーの極めて微細な孔がある。その孔の直径によって主に4種類に分類される(図2)。海水の淡水化などに使われるRO膜は直径が1nmよりも小さい孔で、水しか通さない。それよりも少し大きい、とはいえ1~10nm程度の小さな孔が開いた水処理膜がNF膜だ。
このNF膜に、資源循環システムの研究を進めている東レ地球環境研究所が着目した。NF膜の選択分離性が塩湖水からのリチウム回収に有効だと考えたのだ。
現行のリチウム回収システムでは、まず濃縮した塩湖水を薬剤精製して2価イオンを除去。その上で炭酸化して炭酸リチウムとしてリチウムを回収するというプロセスになっている。しかし、このシステムでは、薬剤精製の工程が非常に高コストだった。また、リチウムに吸着する薬剤を用いる薬剤精製では、リチウムの濃度が非常に高い塩湖水でないとリチウムの回収効率が悪い。
そこで東レは、1価イオンと2価イオンを選択分離できるNF膜を活用すれば、現行の回収システムのように薬剤精製の工程を踏まずに済むと考えた。低濃度のリチウム塩湖水からもリチウムを回収できるようになるという利点もあった。
ただし、従来のNF膜には課題があった。選択分離性と透水性がトレードオフの関係にある点だ(図3)。選択分離性を高めれば透水性が低下するため、運転圧力が高まったり生産性が落ちたりする。塩湖水からのリチウム回収システムを実用化するには、この課題を解決する必要があった。そこで同社は、既存のNF膜に比べて選択分離性(1価イオンの透過率が2価イオンの何倍になるか)を同等以上に高めつつ、透水性を約3倍に向上させる技術を開発した。孔径の均一化と表面積の拡大である。
実は、従来のNF膜は孔径のばらつきが大きく、選択分離性を高める、つまり大きなイオンの透過率を下げるとすれば孔径分布の中央値を小さくしなくてはならない。結果、小さなイオンが通過しにくくなり、透過性が下がってしまう。
そのため同社は孔径の均一化を図った。NF膜は、土台となる支持層に多官能アミン*1の水溶液を含浸させ、その上に有機溶媒の酸クロリド溶液を垂らして界面重合で数十nm厚のポリアミドを合成させて造る(図4)。この時、重合時の温度や分子構造などを調整し、多官能アミンと酸クロリド溶液の反応速度を遅くして、均一に反応させると既存のNF膜に比べて孔径が均一化した(図5)。孔径はリチウムイオンが透過できるぎりぎりの0.8nm程度になるように調整した。
アンモニアの水素原子を炭化水素基または芳香族原子団で置換した化合物
加えて、この製造方法ではポリアミドの表面にひだ構造が形成される。これは透水性の向上に役立つ。透水性は「孔径×孔数(表面積)」に比例し、膜厚に反比例するからだ。そこで孔径と膜厚が同じなら、ひだ構造で表面積を拡大すれば透水性を高められる。具体的には、従来の平滑なNF膜に比べて表面積を3倍、つまり透水性を3倍に高められた。
東レ地球環境研究所主任研究員の小岩雅和氏は、次のように話す。「現行の薬剤精製を必要とする塩湖水からのリチウム回収システムに比べて、超高透水性NF膜を使った高濃度リチウム塩湖水からのリチウムの回収コストを約2割まで低減。低濃度リチウム塩湖水でも、実用化ラインまでのコストの大幅削減が可能と試算している」