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 繰り返すが、筆者はかねてエンジン車と電動車の将来戦略(構成比)は、二酸化炭素(CO2)削減と顧客ニーズ(購入可能な価格を含む)、そして技術の完成度を考慮して立案すべきだと唱えてきた。その上で、燃料を含めて、できることは全て行うという全方位での開発が必要ということも指摘してきた。背景には、私自身が温暖化に危機感を覚えていることに加えて、世の中にあふれるリポートや報道が断片的であり、かつ根拠の希薄なものが多かったという現実がある。

欧州メーカーもトヨタの無償HEV特許を使えばよいのだが……

 エンジン車において効率改善は必須だ。さらには、費用対効果の高い48Vマイルドハイブリッドシステムを開発してほぼ全てのエンジンに装着する必要があるが、それだけでは十分なCO2削減効果は得られない。

 第1回の図1と図2で示した通り、CO2の削減において重要なことは、エンジン車とCO2削減効果の高いハイブリッド車(HEV)を軸とし、使用する燃料の脱化石化(カーボンニュートラルおよびカーボンフリー)を推進することである。この戦略を実現すれば、顧客ニーズに応えつつ、かつCO2を削減することが可能となる。しかも、HEVはエンジン車に比べて脱化石燃料の供給が十分でないときの消費量を抑えられる。

 カーボンニュートラル燃料に関しては、藻類バイオ燃料やセルロースバイオ燃料などのこれまでの地道な研究と合わせて、2018年に日本ではマツダがユーグレナとミドリムシによるバイオ燃料開発に着手という報道が、ドイツではAudi(アウディ)とサンファイア(Sunfire)によるPTL燃料(再生可能電力を利用し、水素と大気から回収した二酸化炭素とから製造する合成燃料。Audiは「e-fuel」と呼ぶ)の開発の報道があったものの、その後の盛り上がりに欠ける感があった(図1)。

図1 Audiが研究開発を進めるe-fuel
図1 Audiが研究開発を進めるe-fuel
再生可能電力と水、CO2から合成液体燃料〔液体イソオクタン(C8H18)〕を製造する。設備を構築し、既に2018年の時点で少量ではあるが生産に成功したと発表している。(出所:Audi)
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 ところが、コロナ禍がこの状況に変化を加えた。日欧の自動車メーカーが、「エンジン用燃料の脱化石化も真剣に進めておかないと、今後強化されるCO2基準を到底達成できない」と気付き、水素活用に着目した動きが始まりつつある。

 HEVを「現実解」として電動車の主軸とすべきであることは、中国の規制動向と、欧州の自動車メーカーのCO2基準への苦しい対応状況を見れば明らかだ。これは今後、脱化石燃料の消費量を抑えるという意味でも大切となる。だが、日本メーカー以外にHEVを軸に据えようとする動きはまだ見えてこない*1

*1 中国メーカ-はCAFC(企業平均燃費)対応で、今後日本メーカーからシステム提供を受けてHEVの導入を増やすだろう。

 個人的には、トヨタ自動車が2019年4月に発表した特許無償化を利用し、CO2削減効果の大きいHEVの開発に軸を移せばよいと思うのだが、自動車を初めて世に送り出したドイツメーカーなどはプライドが許さないのであろう。

水素化社会実現に先陣を切った日本、やっと動き始めた欧州

図2 各エネルギーの貯蔵方法における自然放出時間と貯蔵量
図2 各エネルギーの貯蔵方法における自然放出時間と貯蔵量
横軸に自然放出時間、縦軸に貯蔵量を取った。水素はGW級の大容量のエネルギーを長期間貯蔵できる。(「国際エネルギー機関(IEA)2013」の資料を基に筆者が作成)
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 水素は単独では自然界には存在しないが、水を電気分解すれば無限に製造できるクリーン燃料である。再生可能エネルギーの効率的な活用法として、電力と水からの水素製造が注目されている。

 図2に、エネルギー貯蔵方法における自然放出時間と貯蔵量の関係を示す。再生可能エネルギー発電は電源の供給が不安定なため貯蔵が必要となる。電池の場合は、貯蔵量がMWレベルと比較的小さい上に自然放電も伴う。これに対し、水素に変換しておけば、GWレベルと大きな容量を季節を越えて長く貯蔵することができる。そのため、貯蔵方法に水素を採用すれば、再生可能エネルギーの効率的な活用が可能となる。さらに言えば、電池に比べて軽くて輸送も容易だ。水素をアンモニアやメチルシクロヘキサン(有機ハイドライド)、e-fuelなどの水素キャリアに合成しておけば、輸送力はさらに高まり、活用領域も拡大することになる。

 2017年1月に、トヨタ自動車をはじめとする世界の13社が水素協議会(Hydrogen Council)を設立した*2。水素エネルギーを活用する新たな社会システムに向け、ビジョンと長期目標を提唱し(日本政府も後押ししている)、2017年11月にはCOP23(第23回国連気候変動枠組条約締約国会議)で以下の具体的な目標を発表している。

  • 2次エネルギーとしての水素の需要は、2050年までにあらゆる動力の20%を見込む。産業セクターでも熱源や動力源、発電用、貯蔵、原材料など、さまざまな分野で利用することを想定する。
  • 2030年までに累計1500万台の乗用車と累計50万台のトラックの燃料電池車が走る(新車販売の1.5%に相当する)。

*2 トヨタ自動車、ホンダ、川崎重工業、フランスAir Liquide(エア・リキード)、フランスAlstom(アルストム)、英Anglo American(アングロ・アメリカン)、ドイツBMWグループ、ドイツDaimlar(ダイムラー)、フランスEngie(エンジー)、韓国・現代自動車(Hyundai Motor)、英オランダRoyal Dutch Shell(ロイヤル・ダッチ・シェル)、英Linde Group(リンデグループ)、フランスTotal(トタル)が参加。初代共同議長会社はエア・リキードとトヨタ自動車が務める。

 2020年3月時点で参加企業は100社まで拡大し、水素化社会の実現に向けた世界的な活動が既に始まっている。また、水素協議会の動きを受け、日本政府は2017年12月に、中・長期的な水素エネルギー普及の道筋を示した「水素基本戦略」を関係閣僚会議で決定した。2030年までに水素発電を商用化するほか、自動車やバスなど移動手段での燃料電池車の普及と並行して水素ステーションの拡大を促すものである。将来的には水素価格を天然ガス並みに引き下げ(1000円/kgから200円/kg)、温暖化ガスの削減やエネルギー源の多様化につなげる。

 一方、欧州連合は2020年7月に欧州グリーンディールの一環で「A Hydrogen Strategy for a Climate Neutral Europe(欧州の気候中立のための水素戦略)」という宣言を発表した。これは「欧州版の水素基本戦略」と言ってもよく、活用範囲は日本政府と同様である。自動車関連では現在ドイツBMWとドイツDaimler(ダイムラー、水素協議会にも参加)が燃料電池車(FCV)の開発を進めている。トヨタ自動車やホンダのように、既にFCVを市場に投入している日本メーカーにとっては追い風となる。

 中国や米国でもFCV拡大の一環として水素燃料活用の動きは既に始まっている。中国では2016年に公表された「中国国家省エネ車および新エネ車ロードマップ」に基づき、商用車(大型トラックとバス)を中心にFCV市場が拡大し(2019年に2700台、前年比80%増)、2020年6月にはトヨタ自動車と中国・北京億華通科技を筆頭に、国の垣根を越えた6社が出資して、新会社「連合燃料電池システム研究開発(北京)」の設立に向けた合弁契約を締結した。

 米国は、ZEV(無公害車)規制を課すカリフォルニア州で多額の補助金を出し、商用水素ステーションを集中して設置して、FCトラックやFCフォークリフトの開発・導入を進めている。

 今後、水素活用に向けた動きは加速すると考える。ただし、再生可能エネルギーによる電力利用が大前提である。水素化社会の実現をいち早く表明した日本政府は、後発の欧州などに追い越されないように、民間を後押しして世界をリードする役割を担わなければならない。