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 携帯電話は契約数が1億8000万を超え、国民1人1台の時代を迎えている。電話やメッセージを使った連絡はもちろん、スマホ決済で買い物をしたり、災害時に安否を確認したりするなど、今や国民に欠かせない生活インフラと化している。

 そんな携帯料金が高いという批判が後を絶たない。最大の批判の出所は、官邸の中枢である菅義偉首相の以下の発言だ。菅氏は内閣官房長官在籍当時の2018年8月、「携帯大手の携帯料金は、今よりも4割程度引き下げる余地がある」と発言した。

2020年9月に発足した菅政権は携帯料金の引き下げを重点政策とする
2020年9月に発足した菅政権は携帯料金の引き下げを重点政策とする
(出所:内閣広報室)

 菅氏は携帯大手はもうけすぎという批判も繰り広げる。2018年11月発売の月刊誌に寄せた手記で「携帯大手の利益率は20%前後に達しており、電気やガスのようなインフラ企業と比較しても利益率が突出して高い。そもそも電波は公共物であり、国民の共有財産。諸外国と比べて格安で電波を用いている企業が過度な利益に走るのは不健全だ」(同)と携帯大手を痛烈に批判した。

約6割の消費者が携帯料金を「高い」

 野村総合研究所が2018年7月に実施した携帯料金に関する意識調査によると、アンケートに回答した消費者の約6割が携帯料金を「高い」と感じており、さらに約3割の消費者が携帯料金に「納得していない」と答えた。

 利用者が料金を「高い」「納得していない」と感じる理由として野村総合研究所は、「料金の負担感」と「携帯電話事業者への不信感」があると分析する。携帯大手に対する不信感は、「端末の割引やキャッシュバックを受けるために、オプションサービスを契約させられた」といった経験などから引き起こされていると指摘する。

 こうした経験は多くの消費者が身に覚えがあるだろう。割引条件が複雑に絡み合っていて、何にいくら支払っているのか、料金プランによほど精通した消費者でなければ把握できない。解約しようにも「2年縛り」といった契約条件で縛られ、簡単にやめられない。携帯大手への不信感が、「なんとなく高い料金を支払わされているのではないか」という消費者の心理につながる。

 官邸の携帯大手批判に対しては、「選挙対策だろう」「消費増税の代わりに携帯料金を下げる魂胆だろう」といった反論もある。携帯料金は規制緩和によって、2004年に事前規制が完全に撤廃されている。官邸に料金水準を決める権限はなく、競争で適切な料金水準に導くしかない。官邸による携帯料金への介入は行き過ぎた行為という面がある。

 だが菅氏は批判を承知のうえで、前述の手記において、「携帯大手3社が寡占状態にあり、競争が十分に働いていない。携帯料金の値下げを実現するには、寡占状態を解消し、健全な競争が行われるようにする道しかない。政府は民間の競争に介入すべきではないが、健全な競争が行われていなければ、その環境を整えることは政府の役割だ」と突っぱねた。

 こうして2018年夏以降「こんな目まぐるしい動きは過去に記憶がない」(携帯大手幹部)というほど激しい、官邸主導の携帯値下げ攻防が繰り広げられることになった。

1000日の攻防の結末、「まだまだ不十分」

 官邸と携帯大手の攻防は、実質的には楽天が第4の携帯電話事業者に名乗りを上げた2017年12月に始まった。その後、約1000日続いた攻防では、これまでの携帯電話市場を根本から揺るがすような改革が矢継ぎ早に導入された。2019年10月に施行された改正電気通信事業法では、端末代金と通信料金の「完全分離」を義務化した。携帯大手による行き過ぎた顧客の囲い込みを禁止するために、途中解約の違約金をこれまでの9500円から上限1000円と大幅に引き下げる施策も投入した。

 だがこうした1000日に及ぶ攻防にもかかわらず、今のところ多くの国民は値下げの実感を得るに至っていない。

 第4の事業者として、大手3社の寡占を崩す切り札として期待された楽天は、当初計画していた2019年10月のサービス開始が間に合わず、本格参入が2020年4月にずれ込んだ。楽天は、自前のエリアで月2980円使い放題という破格値を打ち出した。だが楽天のネットワーク整備が途上段階の現状では、携帯大手が対抗値下げに動く気配は今のところない。

 改正法施行の前後で携帯大手は、大容量プランを中心に3割程度の値下げを進めた。だが改正法の施行で過度な端末代金の値引きを抑制したことで、端末代金と通信料金を組み合わせた負担は、逆に上昇するようなケースも出ている。消費者は新料金プランに移行しなければ値下げを実感できない。「2年縛り」といった契約期間が残っている消費者も多く、値下がりした新料金プランへの移行には時間がかかっている。

 総務省が改正法施行の前後に実施したアンケートでは、2020年3月時点で「日本の携帯電話料金は安くなったか」という問いに対して、「安くなっている」と回答した利用者は25%前後で、改正法施行前の2019年9月時点と比べてほとんど変化はなかった。逆に携帯料金の水準が「変わらない」と答える利用者は56%に上り、改正法施行前と比べて3ポイント近く増える結果に終わっている。

 こうした状況に菅首相は不満を募らせる、2020年9月16日に発足した新政権の目玉政策として携帯値下げを掲げた。菅首相は2020年9月18日、武田良太総務相に対し、携帯料金の引き下げを検討するように指示した。

解けなかった「3つの呪縛」

 官邸が過去に例がないほどの強硬な手段で携帯電話市場の改革を断行したにもかかわらず、多くの国民が値下げの実感を得られない理由は何か。筆者は携帯電話市場を取り巻く「3つの呪縛」が、まだ残っていることが要因だと考えている。