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 「世界の主要キャリアで唯一、1プランしか出さない。将来的に出す予定もない。月額2980円の料金で楽天回線エリア内を完全データ使い放題で提供する。300万人を対象に1年間無料だ」─。

 楽天の三木谷浩史会長兼社長は2020年3月3日、同年4月8日から本格提供を始める携帯電話サービスの料金を高らかに宣言した。楽天が明らかにした料金プランは、NTTドコモやKDDIなどの大容量プランと比べて半額以下となる破格値だった。

2020年3月3日、月額2980円のプランを発表する楽天の三木谷浩史会長兼社長
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2020年3月3日、月額2980円のプランを発表する楽天の三木谷浩史会長兼社長
(出所:楽天)

 2017年12月の携帯電話事業への参入表明以来、三木谷社長は「携帯電話サービスの民主化」を訴え、国民に対して安価で分かりやすく、使いやすいサービスを提供すると繰り返し語ってきた。大手3社の寡占を打ち破るべく第4の事業者として名乗りを上げた楽天が、大手に突きつけた挑戦状がこの「完全データ使い放題、月額2980円」だった。かねての表明の通り、携帯大手の複雑なプランに比べてシンプルであり、消費者目線に立ったプランといえた。発表会の模様は、約100万人がネットで視聴するなど国民的な関心を集めた。

 日本の携帯電話市場が4社体制に戻るのは、かつての第4の携帯電話事業者イー・アクセスが2013年にソフトバンクに買収されて以来、実に7年ぶりだ。その間、携帯電話市場はNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社体制となり、シェアの9割を握るという寡占化が進んだ。 楽天はそんな3社寡占の体制を打破する存在として期待を集めていた。

 「大手の携帯電話料金は、今よりも4割程度引き下げる余地がある」─。菅義偉内閣官房長官(当時、現首相)が2018年8月にこう宣言した念頭には、楽天が総務省に提出した事業計画の料金水準があったといわれる。官邸にとっても楽天は、「4割値下げ」を実現するピースとして欠かせない存在だった。

 しがらみを持たない新規事業者の楽天は、呪縛を逃れられない大手3社に対して持たざる強みを最大限に生かした。大手3社が導入に踏み切れない「完全仮想化ネットワーク」(専用機器を用いずに汎用サーバーでネットワークを構築する)や、1プランしか出さない料金など、数々の「常識外れ」の戦法を使って勝負を挑んだ。

 だがそんな楽天による渾身(こんしん)の料金プランでも、大手3社を揺さぶることはできなかった。「楽天はもう少し踏み込んでくると思っていた。すぐに対抗策を講じるほどではない」─。楽天の料金発表直後に、携帯大手幹部は安堵の表情を浮かべた。

 この日に至るまで、「常識外れ」の道を選んできた楽天の歩みは、誤算と波乱続きだった。その波乱が本格サービスを開始した2020年4月以降も続くことになるとは、この時点で多くの国民はもちろん、当の楽天自身も知る由はなかった。

わずか6000億円の設備投資額

 「本日開催の取締役会において、携帯キャリア事業への新規参入を目指すことを決議しましたのでお知らせします」─。

 楽天が2017年12月14日に突然発表したこのリリースこそ、その後、約1000日続く、携帯料金引き下げを巡る攻防の始まりとなる狼煙(のろし)だった。楽天の参入が認められればイー・アクセス以来、13年ぶりの新規事業者の誕生となる。大手3社の寡占状態に陥った携帯電話市場が一変する可能性を秘めた大ニュースだった。

 楽天は日本のネット企業の代表格だ。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)出身の三木谷社長が1997年に創業し、電子商取引(EC)の草分けである「楽天市場」を開始した。その後、クレジットカードやトラベル、電子書籍など事業を拡大し、共通ポイントサービスを軸とした「楽天経済圏」と呼ぶ戦略を推し進めてきた。プロ野球球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」などプロスポーツ事業にも進出している。

 そんな楽天ですら、突如の携帯電話事業への参入表明に対して、世間一般は「常識外れ」、もっと言えば「無謀」と受け止めた。NTTドコモやKDDI、ソフトバンクの大手3社は、全国に10万局以上の基地局を設置している。10年以上の年月をかけて、全国津々浦々でつながる世界有数の品質のネットワークを作り上げてきた。ハイレベルな競争を進める大手3社に、新規事業者が今からゼロベースで戦いを挑むことは、誰の目から見ても不利に映った。

 加えて多くの業界関係者が、楽天をあきれ顔で「非常識」と見なしたのが、同社が携帯電話事業参入に伴う設備投資額を2025年までの累計でわずか6000億円と見積もった点である。NTTドコモの年間の設備投資額が6000億円弱。ドコモは第4世代(4G)携帯電話のネットワークを全国に敷設するため、累計で数兆円という巨額な資金を投じてきた。

 NTTドコモの1年分の設備投資額で、全国に携帯電話ネットワークを敷設しようという楽天の参入計画は、業界の常識からあまりにもかけ離れていた。ある通信事業者幹部は「楽天にアドバイスした人たちが甘いことをそそのかしたのではないか。とんでもないことだ」と憤慨したほどだ。

これからは後発有利

 三木谷社長は参入表明直後、これらの批判に対して「もちろん勝算があるから参入表明している」とぶぜんとした表情で反論した。