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 「本当にネットワークが立ち上がるのか」「6000億円の設備投資額で足りるのか」 ─。楽天の携帯電話事業への疑念が拭えないまま迎えた2018年初夏、「楽天が、インドで急成長した携帯電話事業者の幹部をヘッドハンティングした」というニュースが業界を駆け巡った。

 楽天が携帯電話事業のCTO(最高技術責任者)として招いたのは、米国の携帯電話事業者であるTモバイルUSや中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)などを経て、インドの新興携帯電話事業者リライアンス・ジオ・インフォコム(ジオ)の上級副社長として辣腕を振るっていたタレック・アミン氏だ。

楽天モバイル副社長兼CTO(最高技術責任者)のタレック・アミン氏
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楽天モバイル副社長兼CTO(最高技術責任者)のタレック・アミン氏
(写真:日経クロステック)

 アミン氏が直前まで在籍していたジオは、携帯電話加入者数で世界第2位の巨大インド市場の台風の目となり、2016年のサービス開始からわずか3年程度でシェア2位に浮上した。ジオは大手財閥リライアンス・インダストリーズ傘下という豊富な資金力を武器に無料キャンペーンや低価格攻勢を展開し、後発事業者としてはまれに見る成功を収めた。楽天はそんなジオの中心人物だったアミン氏に白羽の矢を立て、携帯電話ネットワークの立ち上げという重要な役割を託した。野心的なアミン氏の採用が、結果的に楽天を世界でも類を見ない取り組みへと駆り立てることになる。

 「私が楽天に来た2018年6月の時点で、2つの選択肢があった。従来型ネットワークを導入するのか。それとも全く新しいクラウド型の完全仮想化ネットワークを導入するのか。我々は後者の道に賭けた」─。アミン氏は当時をこのように振り返る。

 携帯電話サービスを提供するためには、全国に少なくとも数万カ所の基地局を設置し、交換設備であるコアネットワークを導入しなければならない。特にコストがかさむのが基地局設備だ。携帯電話事業者の設備投資の8割はこの基地局コストが占めるとされる。基地局市場は、中国のファーウェイとスウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキアの通信機器大手3社がシェアの八割近くを占める。通信機器大手は、基地局設備を高価な専用機器として販売しており、抜本的にコストを抑えることが難しい市場構造になっていた。

 通信機器大手による市場の囲い込みも進んでいた。基地局の無線部分であるRRHと呼ばれる機器と、無線制御部分であるBBUと呼ばれる機器は、標準仕様上は別々の通信機器メーカーの製品でも組み合わせて利用できる。しかし実際には同一メーカーの製品をそろえなければ動作しないことがほとんどだ。価格競争力がある新興企業の機器を柔軟に採用しにくいという事情もあった。

 「せっかく参入するからには全く新しい形でネットワークの世界に革命を起こす」 ─。楽天は、専用機器の呪縛にとらわれた通信機器市場の常識を打ち破る形で、携帯電話事業に参入するという決断をした。

 ここに来てサーバーの処理能力が高まり、専用機器が必要だった基地局が、一般的なサーバー上のソフトウエアで動作するようになってきた点も楽天の決断を後押しした。通信機器大手から特別なハードウエアを購入せず、米インテル製のCPU(中央演算処理装置)で動くサーバーを使って、基地局などあらゆる通信機器を構成することが夢ではなくなりつつあった。楽天は、基地局からコアネットワークまで汎用サーバー上のソフトウエアで構成するという「完全仮想化ネットワーク」で、携帯電話事業に挑む道を選ぶことにした。ただ2018年当時は世界でも前例がなく、「常識外れ」といわれてもおかしくなかった。

携帯電話のアポロ計画

 前例がないことが示すように技術的なハードルも高かった。「完全仮想化ネットワークなどできるはずがない」「障害が起きて大変だろう」――。携帯大手幹部や大手通信機器ベンダー関係者は楽天の決断を冷ややかに見ていた。三木谷社長も完全仮想化ネットワークの取り組みを、人類初の月面着陸を実現したアメリカ航空宇宙局(NASA)のアポロ計画になぞらえ「携帯電話のアポロ計画だ」と評した。アポロ計画と同様に困難な道が予想されるものの、実現した場合のインパクトは大きい。楽天は完全仮想化ネットワークに携帯電話事業の命運を賭けた。

 アミン氏の就任以降、楽天は決まりかけていた通信機器メーカーの選定を1から見直した。携帯電話ネットワークを構成するさまざまな機器を汎用サーバー上で動かすことにした。要となる基地局の無線制御部分については米国の新興事業者であるアルティオスター・ネットワークスのソフトウエアを採用した。エリクソンやノキアなど通信機器大手に頼った他の携帯大手とはまるで異なるメーカー選定となった。