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 菅政権の携帯大手に対する値下げ圧力が日に日に強まっている。日経BPが発売した書籍「官邸vs携帯大手 値下げを巡る1000日戦争」では、過去1000日にわたる官邸と携帯大手の攻防を描いた。同書から値下げを巡るこれまでの攻防の裏側を紹介する。

 「こんなもんじゃねえだろ」─―。

 菅義偉首相が官房長官時代の2018年8月に「携帯大手の携帯料金は、4割程度引き下げる余地がある」と発言してから1カ月が経過した同年9月末、東京・千代田の「大手町ファーストスクエア」にあるNTT持ち株会社の役員会議室に怒号が響き渡った。会議室に居並ぶNTTドコモ吉沢和弘社長をはじめとしたNTTドコモ幹部は息を潜めた。

2018年6月にNTTグループのトップに就いたNTT持ち株会社社長の澤田純氏
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2018年6月にNTTグループのトップに就いたNTT持ち株会社社長の澤田純氏
(写真:日経クロステック)

 怒号を発したのは2018年6月にNTT持ち株会社のトップに就任したばかりの澤田純社長だ。NTTドコモがこの日、用意してきた値下げ案を激しい口調で突っぱねた。澤田氏の目には、NTTドコモが用意してきた案は従来ビジネスにとらわれるあまり、及び腰になっていると映った。

 菅氏の「4割下げる」発言は、国民を味方に付けた官製値下げ議論を巻き起こしていた。「値下げは世の中の要請」と受け止めた澤田氏は、もはや通信料金でもうける時代ではなくなると覚悟を決めていた。いち早く値下げすることが、携帯電話市場に新規参入する楽天への先制パンチになると考えた。

 だがNTTドコモの腰は重かった。大幅な値下げは収益の柱を崩すことに等しく、株主はもちろん携帯ショップやメーカーなど、NTTドコモが抱える多くのステークホルダーに多大な影響を与えることになる。そう簡単に決断できない話だった。

 約1000日に及ぶ官邸と携帯大手の攻防は、国内携帯電話のシェア首位のNTTドコモを激しく揺さぶった。官邸に加え親会社のNTT持ち株会社からの度重なる要求がのしかかり、NTTドコモはまさに内憂外患の状態だった。

 最終的にNTTドコモは2018年10月末、従来と比べて携帯料金を2〜4割値下げする決断をする。だが値下げの影響でNTTドコモは、今後数年間にわたって収益が落ち込み、2017年度の営業利益水準に回復するまで5年の月日がかかるという重い代償を背負うことになる。

破壞者、澤田新体制

 NTTグループは国内外に約30万人の従業員を抱える巨大コングロマリットだ。連結売上高は10兆円を超え、司令塔となるNTT持ち株会社の傘下に、NTTドコモやNTT東西、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)、NTTデータといったそれぞれの分野で国内有数の事業会社を擁する。

 2018年6月、そんなNTTグループの頂点であるNTT持ち株会社のトップに、澤田氏が就任した。澤田氏は、NTTコム副社長からNTT持ち株会社副社長に転じ、NTTグループが成長の柱に据える海外事業の拡大を推し進めてきた。NTT持ち株会社の前社長である鵜浦博夫氏は2018年5月の社長交代の発表時に、澤田氏を「最も多忙で成果を上げた持ち株副社長だ」と手放しで持ち上げた。澤田氏は、次期社長候補の本命中の本命だった。

 前社長の鵜浦氏が、熟考を重ねて鮮やかな施策を繰り出す「知将」タイプだとすれば、澤田氏はスピード感を重視した「闘将」タイプといえる。澤田氏はトップに就任するや否や、グループ各社の幹部に向けて、実に140〜150項目にわたる今後取り組むべき課題を示したという。あるNTTグループ幹部は、澤田氏のあまりのスピード感に「目が点になった」という。

 トップ就任後初の決算となった2018年8月に澤田氏は、いきなり大技を繰り出した。NTTコムやNTTデータなど海外事業を展開するグループ会社を、中間持ち株会社の傘下へ再編する方針を発表したからだ。鵜浦体制ではタブー視されていた組織再編を断行し、澤田新体制への移行を社内外に強烈にアピールした。タブー知らずで、改革を次々と推し進める澤田氏は、保守的と言われるNTTグループの空気を一変する「破壊者」といえた。

ボトムアップ型のドコモ吉沢社長

 そんな澤田新体制が始まった直後に、菅氏の発言で官製値下げ議論が巻き起こった。