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製品開発の現場にVRやMI

 ものづくりにおけるDXの具体的な事例として倉田氏は、「開発におけるDX」「製造におけるDX」「新たな価値創造に向けたDX」と3つの視点から紹介した。

 開発におけるDXでは、「VR(仮想現実)」と「MI(Materials Informatics)」が既に成果を上げている。これらの先進的な技術は製品や素材の開発スピードを加速するために採り入れたものだ。

 VRは、バーチャル空間上でのプロトタイピングによってガラスをはめ込んだ状態を再現する。遮熱や断熱といったガラスに求められる機能と、見栄えとをいち早く評価できるようになった。これが結果的に製品開発のスピードを加速するわけだ。建築用や自動車用ガラスの開発で用いており、講演では建築用ガラスの開発事例を紹介した。

 代表例が、同社・横浜テクニカルセンター新研究棟だ。ガラスは無色透明と思われがちだが、遮熱や断熱などの機能を付加することで色味がさまざまに変化する。デザイナーが求めるガラスを、設計段階でVRを使って繰り返し検討して仕様を確定させられるようになったという。

AGCの横浜テクニカルセンター新研究棟のVR
AGCの横浜テクニカルセンター新研究棟のVR
一面に大型のガラスがはめ込まれている。VRを使ってどう見えるかを確認しながらガラスの仕様を検討する。(出所:AGC)
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 MIは、人工知能(AI)やシミュレーションなどを組み合わせて新たな材料や組成の開発スピードを高めるもの。従来の素材開発は、実験と結果の確認をひたすら繰り返すものだったが、大幅に作業を効率化できるようになったという。MIは次世代ガラスやフッ素樹脂、スマートフォン用強化ガラスなどの分野に採り入れられ、実際に開発時間の大幅な削減を可能にした。「実験では見つけられなかった配合条件も発見できる」と倉田氏は高く評価している。

AIが若手技術者の疑問に即答

 製造では、技能伝承やリモート化などでDXが進んでいる。例えば、ガラス窯の操業においては、技能伝承を促す「匠KIBIT」というシステムの本格運用を、2018年末から始めた。熟練者の勘やこつといった暗黙知を形式知化してデータベースに登録し、AIに学習させたシステムで、ガラス製造の「匠(たくみ)」を効率的に育てるのが狙いだ。若手エンジニアが自然文で質問を入力すると、AIがデータベース上の最適解を提示してくれる。

 適切な回答がデータベース上に存在しない場合には、AIが熟練技術者に回答を依頼し、新たな回答を得られるようになっている。こうしてデータを蓄積して継続的な改善・進化を図っているのが特徴だ。

技能伝承用に開発した「匠KIBIT」
技能伝承用に開発した「匠KIBIT」
若手技術者が、ガラス製造の技術や知見を学ぶためのシステム。(出所:AGC)
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 新型コロナウイルス感染拡大に対応して、リモート化にも積極的に挑戦している。それが「リモートプロジェクト」だ。講演ではガラス窯の「リモート立会検査」の実例を紹介した。これは、日本に居ながら海外拠点のガラス窯を定期修繕後の検査に立ち会うという取り組み。カメラやオンライン会議ツールを駆使し、海外拠点と日本の技術者がやり取りしながら検査を行う。従来は、都度日本から技術者が出張して立ち会っていた。

 コロナ禍での苦肉の策だったが副次的な効果もあった。複数の拠点から多人数の技術者が参画できるため検査精度が向上したという。さらに、技術者間での知識の蓄積・伝承にも役立った。将来は世界中の技術者が場所の制約を超えてプロジェクトに参画できるようになるとみている。

 保全のリモートにも取り組んでいる。AGCのガラス製造拠点は世界に44カ所もあり、これまでは技術者が世界中を飛び回って保全を担ってきた。しかし、コロナ禍でリモート保全が必要不可欠に。講演では、ガラス製造窯の原料投入機に発生したトラブルに対し、カメラを携帯した現場の作業員に、エンジニアが遠隔でチェックすべき場所を教えたり、映像からトラブルの内容を把握して対処を指示したりする様子を紹介した。