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コンセッション方式を導入する国立競技場の運営費として、日本スポーツ振興センター(JSC)が年間最大10億円を公費負担する方針を明らかにし、批判を浴びている。だが、国立競技場を「社会の公器」と捉えるなら、一定の公費負担自体はおかしな話ではない。真に批判されるべきは、建設後の運営を軽視した一貫性の無い計画である。運営を重視した施設整備の好事例が複数の自治体にあるにもかかわらず、国家プロジェクトである東京五輪のレガシーは迷走した。

 文部科学省は2022年12月、17年に公表済みだった東京五輪開催後の国立競技場の運営管理に関する「基本的な考え方」を改定した。改定版では、民間が運営や維持管理を担うコンセッション方式の導入方針を継承したうえで、「一定の公費による施設の基盤維持の可能性を考慮しつつ、民間事業者のノウハウや創意工夫を活用して、コスト削減に向けた取り組みを徹底する」とした。

 国立競技場を所有するJSCも同日、コンセッション事業の実施方針案を公表。事業期間を30年とし、民間事業者は利用料を設定して、収受できるとした。同時に、民間事業者のリスクを軽減するため、JSCが運営に係る費用として年間約10億円を上限に負担する方針を示した。費用は国からの交付金などで賄う。大規模修繕にも交付金などを充てる計画だ。

 こうした公費負担を行う方針がメディアをにぎわせ、JSCや政府は批判を浴びている。だが、国立競技場を「社会の公器」と捉えるなら、一定の公費負担自体はおかしな話ではない。世界中の国々に同様のナショナルスタジアムと呼ばれる施設があるが、純粋に民間運営されているものはほとんど無いだろう。

2025年3月ごろから30年間のコンセッションが計画されている国立競技場。JSCは現在、利用料収入などで維持管理費を賄っているものの、22年4~8月の実績で2億円余りの不足が生じている。国は22年度、国立競技場の維持管理費として12億9400万円の運営交付金(特殊経費)をJSCに支払う(写真:吉田 誠)
2025年3月ごろから30年間のコンセッションが計画されている国立競技場。JSCは現在、利用料収入などで維持管理費を賄っているものの、22年4~8月の実績で2億円余りの不足が生じている。国は22年度、国立競技場の維持管理費として12億9400万円の運営交付金(特殊経費)をJSCに支払う(写真:吉田 誠)
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一貫性の無い計画

 では、真に批判されるべきポイントはどこか。JSCなどが五輪後の運営を軽視し、一貫性の無い計画を進めたことにある。「運営は民間に任せておけば、何とかしてくれるだろう」。そんな安易な考えはなかったか。同じ公費負担を行う場合でも、当初からその見通しを示していれば、もう少し世の中の理解を得られやすかったかもしれない。

 新国立競技場の当初の計画は、国際デザイン競技で選ばれた英国の設計事務所、ザハ・ハディド・アーキテクツによる開閉屋根を備えた斬新なアーチ構造だった。しかし、設計を進めるなかで、規模を縮小するなどしても当初目標とした建設費1300億円を大幅に上回る2520億円を要することが判明。開閉屋根は五輪後に整備するといった妥協案が示されたものの、最終的に15年7月、当時の安倍晋三首相がザハ案に基づく計画の白紙撤回を発表した。

 仕切り直しとなったプロポーザルで別の設計案が選ばれ、実際に完成した国立競技場には、観客席以外のスタジアム全体を覆う屋根は無かった。国立競技場の将来構想を議論した当時の有識者会議では、コンサート開催などのためには天候に左右されない屋根が必須で、無ければ永久に赤字であるという意見も出ていたようだ。

 その後、五輪後に陸上トラックを撤去し、サッカーワールドカップの招致要件を満たす8万席の球技専用スタジアムに改修する計画も浮上したが、撤回。トラックは残し、陸上競技場を兼ねる形となった。当初は球技専用とすることで多くの観客動員が見込めるとの判断だったが、改定した「基本的な考え方」では「民間事業化や東京大会のレガシーに資する観点から、球技専用スタジアムに改修する方針を見直す」と弁明している。

 このように、計画は右往左往しながら進んできた。屋根の有無も陸上トラックの存置も、造った後で議論しているようでは本末転倒だ。

国立競技場の整備や後利用を巡る経緯
時期出来事
2012年11月新国立競技場の国際デザイン競技で、開閉屋根を備えたザハ・ハディド案を選定。建設費の目安として約1300億円を提示
13年9月2020年五輪の開催都市が東京に決定
15年7月ザハ案に基づく設計概要案が示され、建設費が2520億円に膨らむことが判明。開閉屋根は五輪後に整備することになる
15年7月政府がザハ案に基づく計画を白紙撤回
15年9月文部科学省の新国立競技場整備計画経緯検証委員会が計画の白紙撤回について、国家的プロジェクトに求められる組織体制を整備できなかったことなどを問題点として指摘。JSCや文科省に責任があるとの報告書をまとめる
15年12月新整備計画のプロポーザルで、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所の設計案を選定
16年12月新国立競技場が着工
17年11月文科省などの検討チームが、五輪後に陸上トラックを撤去して球技専用スタジアムへ改修することや、コンセッション方式の導入を「大会後の運営管理に関する基本的な考え方」としてまとめ、政府が了承
19年11月新国立競技場が完成
21年7~8月東京五輪開催
22年12月文科省が「大会後の運営管理に関する基本的な考え方」 を改定。球技専用スタジアムに改修する案を改め、陸上トラックを存置することに決定
22年12月JSCがコンセッション事業の実施方針案を公表。年間約10億円を上限に国などが運営費を負担する方針を示す
23年4月ごろコンセッション事業の実施方針公表(予定)
24年4月ごろコンセッション事業の優先交渉権者決定(予定)
25年3月ごろ民間による運営開始(予定)
(出所:発表資料などを基に日経不動産マーケット情報が作成)

 ちなみに、屋根を備える新秩父宮ラグビー場の整備・運営コンセッション事業は、高い収益性が見込めることから、参画を希望する複数の民間事業者が運営権を争った。その結果、約411億円の運営権対価を提案した鹿島のコンソーシアムが22年8月に落札し、JSCも大きな恩恵を受ける見通しだ。