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 ブロックチェーンを応用し、企業や組織がデジタル証券(セキュリティートークン、ST)を発行して資金を調達する手法である「STO(セキュリティー・トークン・オファリング)」。日本でもSTOの本格導入に向けた動きが相次いでいる。

 各社はどのように一歩を踏み出したのか。不動産ファンドを運営するケネディクスと証券準大手の東海東京フィナンシャル・ホールディングス(東海東京FH)の事例を見ていく。

小口でも「手触り感」のある不動産投資を可能に

 「自分がどのような不動産に投資しているかを実感できる、『手触り感』のある投資商品を実現できる」。ケネディクスの中尾彰宏事業開発部デジタル・セキュリタイゼーション推進室長はSTOのメリットについて、こう説明する。

 ケネディクスは最初のステップとして2020年8月、STの発行・管理を支援するプラットフォームを提供するBOOSTRYおよび三井住友信託銀行と協業し、不動産の「デジタル証券」を発行する実証実験を実施した。ケネディクスが管理する不動産を裏付け資産として証券化し、ブロックチェーン上に記録。権利が移転した際にスマートフォンのアプリケーションで確認できるようにした。三井住友信託銀行は証券取得者の名簿管理などを担う。

実証実験の流れ
実証実験の流れ
(出所:ケネディクス)
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 実証実験において、デジタル証券でできるのは記録の確認のみ。それでも権利移転のためにはSTの譲渡だけでなく証券の券面を発行する必要がある、信託銀行に名簿管理を委託する際のコストを考慮しなければならない、といった「現状の法規制におけるSTOの課題を整理できた」(中尾室長)とする。

 手触り感のある不動産投資としては、持ち家やマンションへの実物投資が挙げられる。実物投資は安定性があるのが利点だが、証券化のコストがかかるために1口当たりの金額が膨らみやすく、個人投資家にとって投資のハードルが高い。東京証券取引所は、個人投資家が投資しやすい環境を整備するために望ましい投資単位として「5万円以上50万円未満」という水準を明示している。

 一方、機関投資家にとっては不動産価格が10億~20億円程度でも1口当たりの金額が小さ過ぎる上、売却に時間がかかることもあって流動性が低く、魅力的に映りにくいという。

不動産投資商品を2つの尺度で比較したイメージ
不動産投資商品を2つの尺度で比較したイメージ
(出所:ケネディクスへの取材を参考に日経クロステックが作成)
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 流動性が高い不動産投資商品としてREIT(不動産投資信託)があるが、手触り感が薄い。不動産投資法人に投資を委託するため、投資家は自分が何に投資をしているかが見えづらい。加えて、REITには投機的な資金も含まれるため、値動きが荒くなりがちになる。「REITには資本市場のノイズが入りやすい。コロナ禍の際に、1日で価格が10~20%上下したこともある」(中尾室長)

 STOは、こうした既存の不動産投資商品の弱点をカバーできるとの期待がある。証券化に伴うコストを抑えられるため、特定の不動産に小口の投資がしやすくなる。自分のふるさとの不動産に投資するなど、「利子やキャピタルゲイン(売買差益)だけを目的としない、今までになかったような投資商品を実現できる可能性もある」と中尾室長は話す。期中の売買は行いやすいが、基本的には特定の不動産に対する長期的な投資なので、REITに比べ値動きが安定しやすくなる点も特徴の1つとみている。