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 「社会を作り変えたいなら、コードを書くのが一番だ」――。ソフトウエアが世の中を大きく変えている今、それを作り上げるコーダーの存在感は高まる一方だ。優秀なコーダーをひき付けられるかが、企業の競争優位性を大きく左右するまでになっている。本特集では5回にわたって、そんなコーダーたちの実像に迫る。

 話題になることは少ないが、10倍優秀神話の問題として、若い白人男性にしか許されない行為を神格化してしまうことも挙げられる。

 臭いがひどすぎるとシャワーに引っぱって行かれるまで、シャワーも浴びず不潔なまま、ぼさぼさの頭でキーボードをたたき続ける話をすでに紹介した。ウィキメディア財団を7年近くも運営しているスー・ガードナーも指摘しているが、そんなこと、女性に許されるはずがない。

 周期的に氾濫するカンザス川の洪水予測をとある会議で発表した女子学生の話を紹介しよう。有名なPythonディベロッパーのジェイコブ・カプラン=モスに聞いた話だ。彼女は、PythonからPostgreSQL、GeoDjangoとさまざまな言語とツールを駆使して分析を行っていた。すごい学生だと思ったカプラン=モスがうちで仕事をしないかと声をかけたが、彼女は、自分は本当のプログラマーじゃないからと尻込みしたという。

 これこそ、コーディングのロックスターを崇拝する風潮の弊害だというのがカプラン=モスの考えだ。客観的に見れば、衛星データを分析するシステムを自分で組み上げたこの学生は優秀としか言いようがない。にもかかわらず、ぼさぼさ髪の薄汚い格好でキーボードと半ば融合しているような人間が真のコーダーであるという業界神話を信じてしまっている。

 この神話において、プログラミングに問題なのは、どういう人物であるかであってなにをするかではないということだ。

 最近は、能力主義というシリコンバレーの理想を見直す動きもある。たとえばペイパル。ここは、レブチンをはじめとする有能で熱心なディベロッパー、デザイナー、マーケターが大勢、必死で働く職場だった。

 ほかの決済システムが次々つぶれていく中、ペイパルは存続した。そして、草創期の社員は、みな、お金と影響力を手に入れた。ここから生まれたたくさんのミリオネアはまとめて「ペイパルマフィア」などと呼ばれているし、彼らは、その後、フェイスブックやウーバーなどの次世代テック企業に投資するなどしてその影響力をさらに伸ばしている。

 だが、『ブロトピア(Brotopia)』でエミリー・チャンも指摘しているが、創業期の人々が言うほどペイパルは能力主義でなかったし、ほかのスタートアップも、多くは、それほどでもなかった。そもそも、ペイパルは、能力のみで採用・不採用を決めていたわけではない。

 それどころか、ティールが著書『ゼロ・トゥ・ワン』に書いているように、レブチンもティールも、自分に似た人を選んでいた、似たような人の集団になるようにしていた。学校や友だちのネットワークを通じて、政府に疑いの目を向ける若いギークを集めたのだ。

 「類は友を呼ぶという感じだった。みな、SFが大好きで『クリプトノミコン』は必読書だったし、共産主義的なスタートレックより資本主義的なスター・ウォーズを好んでいた。なかでも大事な共通点は、みな、政府ではなく個人が管理する形のデジタル通貨を生み出したいと考えていたところだ。社員の見た目や出身国がどうであっても会社の運営に支障は出ないが、集まっている人の志が同じでないのは困る」

 つまり、理念としては、どういう国のどういう社会階層の出身であってもかまわなかったわけだが、現実には、ごく狭い範囲から採用し、ほぼ、高学歴の白人男性ばかりとなったわけだ。団結力がすごく強いチームをさっと作れる現実的なやり方だったとは言えるかもしれないが、才能だけが物を言う能力主義のやり方でなかったのはまちがいない。

 技術は能力だけが物を言う世界だという考えがまやかしにすぎないのは、どういう素性の人がスタートアップを立ち上げているのかを見るとよくわかる。アントレプレナーに一番共通している特徴は裕福な家の出身であると、とある調査で明らかにされている。なにかあっても大丈夫と思えればリスクも取りやすいわけで、ある意味、当然のことだろう。

 さらに、「資金が調達できる人」を見ると、経歴がもっと似てくる。ベンチャーキャピタルのトップ5からシリーズAの資金を得たシリコンバレー創業者は80%近くが有力テック企業の元社員か、スタンフォード大学、ハーバード大学、MITの卒業生なのだ(ロイター調べ)。

 これは、コネもカネもないがすばらしいアイデアを持ち、社会の片隅で目だけぎらつかせている理想主義者が報われるシステムというより、経済学者のロバート・フランクが勝者総取り方式と呼んでいるシステムに近いだろう。早い段階で成功すれば幸運が続くわけだ。そして、その結果、それが各個人の力なのだという神話が生まれる。