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 「社会を作り変えたいなら、コードを書くのが一番だ」――。ソフトウエアが世の中を大きく変えている今、それを作り上げるコーダーの存在感は高まる一方だ。優秀なコーダーをひき付けられるかが、企業の競争優位性を大きく左右するまでになっている。本特集では5回にわたって、そんなコーダーたちの実像に迫る。

 ハイテク企業の創業者などは、まず、資本主義経済にはあちこち割れ目があり、そこから底辺に滑り落ちてしまう人がいる、しかも、そういう亀裂でふつうの人の暮らしがめちゃくちゃになってしまうことがあると考える人々だと言える。同時に、そういう亀裂を全力で作ろうとしている人々だとも言える。

 アマゾンの台頭で小さな商店が減ってしまったこと、ウーバーをはじめとするオンデマンドサービスの台頭でギグと呼ばれる不安定な働き方が増えたこと、オートメーションの普及で法務アシスタントなどの職業がなくなってしまったことなどを見れば明らかだろう。

 それでも、才能や功績やイノベーションはわずかでも制限してはならない、少なくとも、彼らが才能や功績やイノベーションだと考えるものは制限してはならないと考えている。

 だから、そういう亀裂が生まれてもみんながなんとか生きられるように再分配政策を支持することでバランスを取っているわけだ。テクノロジー会議では国民皆保険やベーシックインカムに好意的な意見が表明されることが多いが、その理由はこのあたりにある。

 税制を通じて富の一部を再分配することには賛同するが、その富をどう集めるのか、そのやり方に口出しされるのは嫌うと言ってもいいだろう。基本的に、社会にとってなにが一番いいのか自分たちは知っている、技術者でもある哲学者、イアン・ボゴストの言葉を借りれば「我々を信頼してくれ」と言っているに等しい。

 自分たちの政治的力を保つのにも、所得再分配を旨とする福祉国家主義的視点は大事である。わずか1%しかいない超絶富裕層からおこぼれをもらう労働者がテクノロジーの巨人に対抗できるほどの力を持つことはありえないからだ。

 要するに、いわゆる追いはぎ成金のデジタル時代版だ。19世紀末、アンドリュー・カーネギーのような人々は、図書館などの公共財に気前よくお金を出した。いくら出すのかを決めるのが自分であるかぎり、団結して地位向上を図ろうとした労働者をたたきのめすことができるかぎり、だが。

 テクノロジーのエリートは努力と才能でいまの地位に上り詰めたものであり、その判断に疑問を投げかけるのは不謹慎だと見られているわけだ。

 だが、実を言えば、10倍優秀と言われるほどのコーダーほど、テクノロジー業界のヒーローとしてあがめられることに居心地の悪さを感じていたりする。

 ドロップボックスを独力で開発したコーダー、ベン・ニューハウスもそんなひとりで、自分は特別でもなんでもない、単にすごく恵まれていただけだと語ってくれた。

 キーボードをたたき続けるイメージどおりのことをしてプロトタイプを作り上げた。それはまちがいのない事実である。だが、そのプロトタイプに肉付けし、デバッグし、テストして製品化するには、ふつうの人にも使えるやり方にするには、ドロップボックスのエンジニアやデザイナーが大勢よってたかって何カ月も地道な作業をする必要があった。

 そもそも、生まれつきに見えるプログラミングの才能も、いわゆる1万時間の法則によって得たものであることが多い。コードを書いて、書いて、書いて、書いて、そうするうちに少しずつうまくなり、トップクラスまで上り詰めただけのことなのだ。

 もうひとつ、ニューハウスにも指摘された点がある。ソロで実用的なコーディングをするのは難しく、ほとんどは人間関係が大きく物を言うチームスポーツであるという点だ。

 ドロップボックスが最近完成させた巨大プロジェクトを例として紹介しよう。パーソナルなクラウドストレージを自社で用意する話である。ドロップボックスでは、アマゾンのクラウドを借り、そこに文書を保存してきた。だが、規模の拡大とともにコストや効率、カスタマイズなどの面で問題が起きるようになってしまった。

 だから、自社クラウドのコードを書くという遠大なプロジェクトをスタートすることにした。文書を失うことなく何千台ものハードドライブを同期し、全体がひとつであるかのように動かせなければならない。ロックスター級のコーダーがふたり必要だった。

 人材はふたりとも社内で調達できた。ひとりはジェームス・カウリング。話がうまい長身のオーストラリア人で、MITで修士号と博士号を取得している。専門は高分散システムで、修士課程の学生だったときヒューストンに見いだされ、ドロップボックスに就職した。

 もうひとりはジェイミー・ターナー。熊のようなひげ面のコーダーで、まじめな顔で冗談を飛ばす人物だ。UCLAの英語科に通っていたが中退してコーディングの仕事に就き、いろいろ経験した後、ドロップボックスに転職した。

 「ジェイミーは大学を中退したあと、スタートアップで経験を積んできたんですよ」

 こう紹介したカウリングに、ターナーが

 「考えるより先に動いてしまいましてね」

 と補足してくれた。